久しぶりのブログとなりました。


皆様は如何おすごしでしょうか。


北米アメリカ合衆国は、かつてない好景気に見舞われていて


シェールガスや石油の掘削技術の発展により、来年中ごろには、


中東の産油国と肩を並べるほど、エネルギー輸出量になるそうです。


かつてゴールドラッシュのごとく、土地の権利者は資源も自分の物になる


そうで、エネルギーバブルによる、億万長者が沢山増えるでしょう。


その中で、アベノミクスによる、日本経済も、実はアメリカの好景気の


影響をうけて、景気が上向きにむかっています。


震災から三年目津波被災地と、原発汚染被災地は、別々の方向に


むかっています。


津波被災地は、内陸部への移転計画がやっと出来上がり、


まだ全体の1パーセントに満たないそうですが、移転が始まりました。


たくさんの命を一瞬にして飲み込んだ津波


私の親戚知人約30名は帰らぬ人となりました。


総ての物や人を飲み込んだ津波は、今は陸に砂を残して


海に帰っていった。


被災地の当時の状況は、日本中の他県からの応援の人たちの


お陰で何とか成り立っていました。


津波の破壊力の凄さに、被災地住民は、ただただ、呆然自失


壊れたり無くなった町並みを見るたびに、凄いストレスとなっています。


これからの津波被災地は、新しい移転場所に移るか、


まったく別の土地への、移動をするかに分かれると思います。


原発被災は、放射性物質が、人体にどのように影響するかが、


ここ五年で、解かると思います。できれば、不確実性の


状況なので、離れて様子を見るほうが、いいかもしれません。


日本は、津波と地震の国です。災害が発生したら、必ず


高台かビルへ避難。


そこから次のアクションを考えるほうが、いいでしょう。


自分の話になりますが、震災が来る、三ヶ月前に自分は、なんとなく


地震が来るのではないか、と直感的に感じ、田んぼの中の借家を、


引っ越す準備をしていました。


そして、震災三日前には、津波で壊滅したユリアゲ地区に14時00分


頃用事が有り訪れていました。


人の直感は時には、感覚的に感じられる時があり、


他人に公開するのは、初めてですし、その事を確信できず、


何も発信できなかった事が、とても、心傷みます。


ユリアゲ地区に入ったその時、黒くて、空を覆う位の大きな


津波を感じていました。


しかしその時は、幻覚かと思い気にも留めませんでしたが、


三日後に途轍もなく大きな地震が来て実感しました。


地震の大きさは予想を遥かに超えていて


頭の中が真っ白でした。


今冷静に振り返っても、津波は、やはり感じた通りだった。


今もそう思います。


人は直感による感覚は、時には素晴らしく働き


ときには、黙示録のように、啓示される。


当てる事に釈迦利器になっても、決して良いことではありません。


昔、堤万寿夫先生や笹目秀和先生の所に出入りしていましたが、


予言は意味がない。


二人ともそう言っていました。


私も二人の言葉を肝に銘じて、次の未来へチャレンジして行きます。