最近、妊娠と流産のことだけをまとめていたので、普段の出来事がおろそかになっていた!
そうだ、たまには普通のことを書こう!

と思ったは良いが、そこでふっと

普通・・・・


はてさて、普通って何が普通になるんだろう?
と戸惑った。


これ、私の癖なんですな~~(;´▽`A``

作家って職業上、ときどき、普段何気なく使っている言葉に疑問を抱くのです。
主人と話していて、日本語だとこう言うんだよ~って説明した時に

「あ、!でもちょっと待って?(´Д`;) 直訳はそうだけど、伝えたいことはこっちの言葉の方が正しいかも~」

となった後に、じゃあ、なんで直訳と違うんだ?伝えたかった意味の日本語に直して、さらにそれを英語にすると結局違う訳になってしまって、元に戻らなきゃいけないものが違う訳にたどり着くことになる。(・・;)

何が原因なのさ!と頭の中でフル回転して、主人への説明がしどろもどろになることが、しばしば。

まあ、問題は言語の成り立ちとか歴史にあるので、正しくしようとしても土台無理なのであるが・・・


特に口語文法の言語と文語文法の言語ではどうしても違いが出てしまう。
ギリシャ語やラテン語から英語になったときに口語文法の為に、発音重視したために、どこかで文法の使い方が間違うが、それをそのまま直さないで使っているといつの間にか自然とそれが当たり前になってしまう。


じゃあ、それはソレとして覚えるしかないから、全部一緒に直訳しちゃだめだね。
でも、単語の意味は単語の意味で覚えないとダメだよね~

と、主人と、言語学者でもないのに、あれこれ話して、1時間使ったのである。




・・・・・・
・・・・・・・・


ちがう!
私が今日言いたかったことはコレじゃない!





普通にアメリカに来て夕飯作ってたりして・・・・
発見というか、残念なことを見つけたからそれを書こうと思ったの!



主人の家族は玉子豆腐茶碗蒸し食べられない。そして嫌い。


アメリカ人にとって、食感の無いあの感じが食べ物じゃないという感覚で気持ちが悪くて食べられないらしい。
主人は食べられる。


でも、コレ私に言うってすごいと思った。
だって、私、事前に日本の伝統的な食だと言ったのだ。
つまり、侮辱してない?
と思った。

だけど、この人たちはそんなこと考えないでしゃべっているので、こっちも気にしない。

文化の違いから、気にすると限りなく一日どころか万年嫌な思いしかしない、かもしれない。

スルーすることを大事にしようと思った。




言いたかったのはこの玉子豆腐、茶碗蒸しとこのスルーの大切さだったんだのだよ。



そう。ただそれだけです。




医師から、流産後、検査も不要で子作りも問題ない。と言われて生理を待っていました。
よく、最初は量が多い!とか血の色が濃い!とか聞いていたので、少し不安はあったのですが、人間皆違う体しているので、私も、とりあえず来るのを待とう!という気持ちでいました。

完全流産の出血が止まった次の日から計算して、24日目の夜に鮮血が少し出ました。
流産後、出血が止まっても おりものシートを 着用して、様子を見ていました
いつ生理になるかもわからないと言う不安もシートをしていれば、安心ですから、外出しても気にしなくて良かったです~

さて、24日目の夜に鮮血が出ましたが、その2日ほど前、つまり、22日目位に生理の時と同じような痛みがあったので、「あ~~もしかしたら生理始まるかな~」とは思っていたのですが、いつもの生理だったら、くる次の日に来なかったので、あれ?と思ったら、その次の日でした。


妊娠前の日本にいる間の私の生理は。1回が10日ほどかかり、周期は25~28日と言う感じだったのですが、軽い子宮内膜症があるせいだと言われていました。
しかも、偏頭痛がでるし、吐き気も出るし、痛みも酷いし・・・という生理症状でした。
産婦人科では、出産後一回綺麗になるから、通常になるから大丈夫。と言われていました。
アメリカにきて、産婦人科で検査した時にその話をしていたので、今回流産後も出産後と同じ用に症状は良くなると思う、と言われていました。

さて、どうなったか。

生理1日目。
普段は ⇒ 物凄く痛くて、寝たきりだったりした。色は濃い赤。
今回は ⇒ う~~~ん。ちょっと痛い~~。でも、まあ平気かな~。薄ピンク~鮮血。
でした

生理2日目。
普段 ⇒ 出血量多い。夜用ナプキンで対応できない事もたまにあった。色は濃い赤。
今回 ⇒ 出血量多い。夜用ナプキンで対応。一日にトイレに言ってナプキンを変える頻度を増やして対応可能だった。色は鮮血。

生理3日目。
普段 ⇒ 2日ほどの出血量ではないが少し多い。痛みが出たりする。色は濃い赤。
今回 ⇒ 出血頻度が減る。量は5日目位で終了間際と同じ。色は鮮血。

生理4日目。
普段 ⇒ ここから3日目と同じ状態が8日か9日目位まで続く。色は濃い赤。
今回 ⇒ 出血頻度が更に減る。量は3日目と同じ。色は鮮血。

生理5日目。
普段 ⇒ 4日目に同じ。
今回 ⇒ ほぼ出血なしと言ってよい。夜中一度起きた時に色が茶色っぽかった。

6日目
普段 ⇒ 症状は4日目と同じ。色が茶色っぽくなる。
今回 ⇒ 出血なし。5日目で生理が終わっていたようです。



あす以降、また、出血があるかもしれないし、来週また出血があるかもしれないし~
とは思いますが、今のところ問題なし。



あと、今回の生理の間、いつもより眠いし、疲れやすかったです。
それと、4日目に何故かちょっとした事で、無茶苦茶気分が落ち込みました。


以上、とりあえず、流産後の1回目の生理の状況でした。









と言う事で、4月の結婚記念日
主人と、午前中にこんなところに行って、こんな物を見て、

  



   





夕方こんなDinnerを食べて、



          




夜にはこんなミュージカル風劇を見てきました~




気分を変えるために、次の日、アメリカでの初運転練習
その後2日ほどは特に変化なし。ただ、痛みは無いものの、茶色いおりものが時々出ていました。

そして、まだ妊娠ホルモンがあるので 
つわり症状がある
その事がとても気分を沈ませました。
お義母さんが経験者なので、大丈夫、それがノーマルな状態だから、今は安静にしていなさい。
と言って、食事作りもなし、部屋にいて良い。必要であれば、部屋まで食事を運ぶ。
等々、とても気を使ってくれました。

4日後
午前中に血液検査。 Hcg16000
茶色いおりものから、出血に変わり、徐々に、つわりで気になっていた匂いなどが気にならなくなってきました。

流産報告を受けてから、4日目~5日目に変わる夜中2時 激痛に襲われる
痛みから、寒気吐き気
うずくまって、涙と共にこらえる。
痛み自体は、生理痛のちょっとひどいと言う感じ
元々私の生理痛は酷く、吐き気、頭痛、更に生理が10日ほどかかると言う感じだったので、痛みそのものは耐えられる!という思いだったのですが、生理と違うのは、生理痛だとすぐに痛みがひいて、暫くしてまた痛くなって、みたいな、瞬発、頻発、みたいなものですが、この痛みは30分~40分引き続き、やむ事がありませんでした。それがつらかったです。
痛みが治まって来ると、自然と耐えていた疲れで寝てしまいました。
翌朝、出血と共に何か塊が3つくらいポコンポコンという音のイメージと共に出る。
痛みはまだ続いていますが、生理痛に近くなりました。
出血も続いていますが、生理の一番ひどいときみたいな感じで大量出血が続く、と言う事はありませんでした

流産報告を受けてから9日目。
まだ少し痛みがでて、急に動けなくなる事があり、皆に断りを入れて、部屋で横になっていました。
主人には、せっかくだから、皆と一緒にご飯食べててね、と言って私一人で横になっていました。
暫くすると、痛みは無くなりましたが、急に涙が出てきて、無性に悲しく、不安になって、どうしてよいか解らなくなってしまいました。
いわゆる、うつ状態です。
昔、うつ病とパニック障害で8年ほど通院、薬治療を行っていたので、何となくわかりましたが、うまく、そうなった原因が自分自身に説明できずに、どうしてよいか解らず、ベッドにもぐりこむようにして声を出さずに泣いていました。
暫くして主人がやって来て、そんな私をみて、慌てて横に来て、どうしたのか聞きましたが、私はうまく答えられませんでした。
「わからない。急に悲しくなって、怖くなって、どうしてよいか解らなくなった」
やっとの事でそう答えると、主人は暫く何も言わずに背中をなでながら、片手は手を握ってくれました。
暫くして、安心してきて、主人に「どうしてだかわからないけど、急にこうなった」
と言って、一緒に話をして、考えることにしました。

結果、
出血もだいぶ収まって来て、痛みも出なくなってきて、周りが見れるようになってきた。
ホルモンが元に戻るので急な変化で、色んな事に敏感になっている。
主人が次の日から4日間仕事で居ない。
痛みが出て、一人で部屋に戻って急に孤独を感じた。
自分たちが欲しかった子供が出来なかった事に改めてショックを受けた。

等々が重なって、いっぺんにのしかかって鬱状態になったのだろう。

という結論に至りました。

主人は、暫く一人にさせてごめん、と言って一緒にいてくれました。
こう言った主人の行動は本当に私を安心させてくれてました。

主人も同じように悲しいはずなのに、本当に感謝してもしきれません。



その後、流産宣告11日後
午前中血液検査。 Hcg388
医師からはまだ血液検査の必要があると言われる。
ただし、既にメインの組織は排出されたようだが、残っている可能性があるため経過確認のための血液検査をするとのこと。Hcgが10以下になるのが好ましいとのこと。
この段階ではまだ手術をするかどうかわからないとのこと。

うつっぽい状態は完全に消える事が無く、部屋にいる事が多くなり、食事も申し訳ないが、お義母さんにお願い。
しかも、何故か、4月の半ばに雪が降る・・・天気と相まって気分は落ち込む。

この日の血液検査ちょっとしたハプニングが・・・
血液検査の場所にいったら、血液検査をしてくれるおばさん看護婦が口元を片手で押えて、白衣の袖に赤いシミが!
ビックリして、目の前で立ち止まってしまったら、看護婦さんが
「ラズベリーが破裂した!」
って・・・
は?ラズベリー?あなた白衣着て採血の場所で、勤務時間ラズベリー食べてたの!?
と、ビックリしてしまった、が、そこは私ですよ!
「まあ、あなたの血でも私の血でも無いなら、大丈夫!問題ないわ!」
といって採血をはじめてもらいました。
もちろん、手袋はめてから、私と器具に触れてもらいました。
しかし、この日はまだここで終わらない!
採血初めてすぐに、どこかの部屋の医者が採血の場所まで来て、私の担当している看護婦に話しかける  私たちは座ってる、医者は私の右側後方に立っている  看護婦は医者を見る。看護婦の腕は私の腕にある・・・でも、私の腕に刺さってる針見てない!!!  話し終わる。腕に意識が戻る。  すぐに看護婦の後ろから別の看護婦が話しかける  看護婦が私の腕から腕を離して後ろを振り向いて、話しかけてきた看護婦と話をする  私の腕には注射器が刺さったまま・・・ これが一番怖かった。  10秒くらいでこっちに振り返り、採血を終わらせる。

と言う事がありました。
ええ、ビックリしました。
何が起きたのか一瞬分からないくらいビックリしました。
ビックリしすぎて、私の中では笑い話です。



12日後
出血が止まる。
この頃から、体調を戻すために、朝はギリシャヨーグルト(ギリシャに住んでいた経験を生かし、本物のギリシャヨーグルトを探す。名前にギリシャヨーグルトとなっていても、食べると あ~~これは違う!と言うのが結構ある。)アーモンドピーカンのシリアルを混ぜ、リンゴかバナナのスライスとハチミツを加えて混ぜて食べる。
日中は体力が落ちているせいか物凄く疲れて、寝てしまうので昼食抜きになる事が多かったです。
夜は、パスタ系や、エンチラーダ等。



この週の半ばが結婚記念日だったので、仕事を休みにしておいてくれた主人と気分転換も兼ねて、午前中と午後に予定を入れてみました。(別記事に載せる予定)



18日後
血液検査の日。 Hcg45
主人とは今回の血液検査が最後になると良いね~と話していましたが、まだ来週も行かなくてはいけないと言う事になりました。
ただし、数値がしっかりと下がっているので、手術の必要も再検査の必要もなし。
数値が10以下になるのを確認するだけ。


週末・・・ちょっとしたイザコザがあり、主人が親との同居じゃなく、家を借りよう!と言いだした。
所がどっこい、この地区は比較的高級住宅地区なので、なかなか貸家が見つからない。
しかも、アメリカの生活システム等々の関係で4部屋の2バスルーム条件で検索することに。
まあ、これについては、時間があれば、後々ブログとして書きます。時間があれば・・・



25日後
血液検査の日。 Hcg12
血液検査の結果を聞いた時に、12?12?10以下じゃないって事はもう一回血液検査するの?もううんざりだよ!?
しかし医者は、ここまで順調に下がっているから採血の必要なし。
ここで終了!!
子作りも問題なしとのこと。

さて、ここで、日本では2、3回の生理を待つとからしので、まった方が良いのか聞いてみた。 ⇒ 必要無いと言われた。

つまり、今回
完全流産で処置の必要がなかった
確認は毎週の血液検査のHcg値によるもの。
検診一切なし。
ただし、今回はHcgの降下が問題無く、手術をする必要もないと医者が判断したため。
3週目以降にHcgの値がなかなか下がらなかったら、検査の上手術をするかどうか決まっていたが、その時点ですでに、問題ないと判断されていたため。
等々、色々条件が重なったと言えます。

私の場合、大量出血と言うほどでもなく、痛みはありましたが、耐えられましたし、夜用のナプキンで事足りました。



ここで、ある話を聞いたのですが、
日本に、自称流産のプロと言っている女性がいるらしく、その女性は、流産後絶対に手術等の処置をしなければいけないと言っている。と言う事を聞きました。

プロ?それって、何かおかしな感じです・・・流産してた人に失礼な言葉になるような・・・
まあ、もちろん、そう言うからには、この方は何度も流産されたと言う事なのでしょうが・・・

考えてみれば、人間も動物も、医者が存在しない太古から、子を産み、育ててきましたし、同時に流産もしています。けれど、医者が無くとも、再度妊娠、出産をしているわけです。
今回、アメリカでの処置では、流産後は採血以外、内診も無く終わりました。さらに、医者は血液検査の結果で最終的に生理を待たずに子作りもOKと言っています。
これは、手術をした場合、内膜が薄くなっているので、最初の生理での出血が多いと言う事等があるので、何回か様子を見て、排卵日や生理周期の安定を見た方が良いと言う事のようです。
今回の私の様な場合は、その後大量出血があったわけでもなく、Hcgの数値も降下してたので、内膜がそこまで薄くなっているわけではないので、生理待たなくても良い。でも、気になるなら、生理をまって排卵日などを確認しても良い個人の意思によるもの。
という事になります。
私は身内に医者が多いので、色々話は聞けますが、その女性の意見は賛成できないと言っていました。

日本だと、かなりの人が基礎体温をつけていると思いますが、こちらでは基礎体温を測っていると言ったことは、私の周りの妊婦さんや病院では聞いた事がありません。
そう言った、習慣の違いもあると思います。
比較的、細かく調べる習慣のある日本だと、実際は問題ないはずでも、周りからのプレッシャーやストレスで知らず知らずに、自然な完全流産であっても、体調がうまく整わなかったりするために、手術の方が確実性が高くなるのかもしれません。
しかし、本来人間の体にはちゃんとしたシステムがありますから、それをうまくサポートしてあげるのが良いのではないかと思います。
もちろん、人間全員違う体を持っているので、人によって、合う合わないがあると思います。
手術した方が、体が良いと言う人もいれば、手術することによって出血がうまく止まらず、回復がなかなか出来ずに、子供が作りにくくなる人等々・・・


結局のところ人それぞれですし、生活している環境等も影響すると思います。
大まかな事は同じだとおもうので、アドバイスも大まかに聞き入れてそんな感じになるのか~
と思っている方が、ストレスにならずに済むと思います。
そう思っていても、私も毎日気になってしまいましたが、自分の趣味や気晴らし出来ることを持っていると、ずいぶん違うと思います。

なので、絶対に手術的な処置をしなければいけないと言う事は無いと思います。
その都度その都度、違う。ということで、

Case by case です。



ということで、最終血液検査から10日経った所での報告になります。
ちなみに生理はまだ来てないです。
でも、気にしすぎると良くないので、あまり気にしないでいます。

結果的には流産でした。
ただ、同じ経験をした人のために、一人じゃないと分かってもらいたくて、ここには自分が体験した事を書いておこうと思います。
なので、そう言った内容は読みたくないと言う方は、ここで戻ってくださいね。












4日後の血液検査、その結果を迎えるまでの間も、つわりと思われる、肉の煮込みの匂いがダメだったり、という症状が続いていました

前回のブログの4日後に血液検査を行い、翌日に検査結果が連絡されました。
結果は
「妊婦ホルモンhCGの値が4日前の血液検査の時に比べて下がっているので、数日後に膣エコーで確認をしなければならない。尿路感染症になっているので、自分で指定した薬局に処方箋の連絡をしてあるから、とりに行って、1週間使用してほしい
というものでした。
妊娠してから、色々な事を調べていました。
流産した時に、パニックにならないように、起きて欲しくない事だけれども知っておかないと、という思いから調べていたので、何が起きているのか、何となく分かってしまいました。
ただ、数値が35000から28000に下がっているという状態なので、数値自体はまだ高い状態でした。
まだ望みはある!そう思って、検査までの数日を過ごしましたが、報告を聞いた日は、怖さと、この先起こるかもしれない事の不安で、義母に話す時には大泣きで、きちんと説明できないほどでした。
今までに、特別酷い出血、痛みがあったわけでもなかった事もあり、周りからは、大丈夫だよ。
と言ってもらえていましたが、私の中では、何か予感的な物がありました。
しかし、やはり個人の感情としては数値に期待して、検査の日を迎えました。

尿路感染症の薬は、翌日に取りに行って、夜から使用を開始しました。


主人と一緒に指定された部屋(膣エコー専用の部屋)に行き、部屋の受付で名前を言って、奥の部屋で待っているように言われて、暫くしたら女性が入って来て、説明。
⇒ 下着を脱ぐ間、外に出ていてくれて、暫くして戻ってきて、チェック開始。
⇒ 主治医の先生になんと言われたかを聞かれる。
⇒ 6週位だと言われた事等を説明。
⇒ エコーは寝台の私も横に座っている主人も見れるように、天井から下がっているモニターに映るようになっていました。
⇒ 女性は胎囊のサイズを確認。
⇒ 6週と6日と判明。
 しかし、胎芽も心音も確認できず。ただ胎囊が確認されただけ。
私には、ただ、女性が確認をしようとしていなだけなのではないか、忘れているのではないか。と思いたい気持ちで、そう思い込むようにしました。でも、よこの主人は複雑そうな顔。
⇒ 一通りサイズを測った女性は、「それじゃあ、主治医に連絡するから、身支度を整えたら、受付に必要な容姿を取りに来て、そのまま、診察室のある場所に戻ってね。」
といわれ、女性は出ていきました。

私は無意識に身支度を整えながら、主人に、「何も映らなかったよ。調べなかったの?無かったの?」と抑揚無く話すと主人は「何も映らなかった・・・」と残念そうに言って、その後、励ますように「まだ、主治医の説明を聞くまでは分からないから。まだ決まって無いよ」と励ましてくれました。
それでも、6週6日で胎芽も心音もなければ、もう確定しているようなものだと私には分かっていました
主人が励ますように言ってくれていたのは、主人もつらいからだと分かっていたので、私は涙をこらえて、うなずいて、二人で手をしっかりと握りながら、受付で紙をもらい、主治医の来る診察室に戻りました。
部屋は最初の診察の時と同じ形の別の場所の部屋。主人と椅子を並べると、ドアがあかないので、私が診察台に座ると言ったら、主人は椅子に座ってなきゃだめだよと言って、その横にひざまずくようにして一緒にいてくれました。

暫くして、先生が入ってきました。
先生は、残念そうなでも落ち着いた言い方で「残念なお知らせをしなきゃいけないよ・・・」
と、言いました。
大体何が起こるか、予想をしていた私は、泣き崩れたり、パニックになったりと言う事は無く、先生の続きの話を聞くために。うなずくしかできませんでした。
ただ、やはり口を開けて何かを喋るのつらく、すぐに質問したりは出来ませんでした。
主人は横に椅子を持ってきて、一緒に座り、私の手をしっかりと握ってくれてました。それが少なからず、私を安心させてくれた事は言うまでもありません。
先生は、すまなそうな表情をして、
「今回は、あなた達に問題があったわけではなく、DNA(染色体異常って言ってたと思う)に問題があった事だから、また子供は授かるから安心してよいからね。初めから胎児が出来ない卵の状態(枯死卵)で、胎囊は妊娠ホルモンが出ているから、反応して成長を続けていたけど、赤ちゃんが居ないから、ホルモンの量が増えないで、成長が止まるはずだよ。あとは、自然に排出されるのをまつか今日、これから手術をするという方法もあるよ。手術は20分ほどで終わるし、寝ていれば良いだけだけど、どうする?」
と質問。
言われている事は分かっているけれど、まだ返事をする程には至らない私の喉。
私の状態を察して、更に、私の性格を知っている主人は主人の気持ちも込めて、手術はしないで、自然排出が良い。と言ってくれました。
それに伴い、毎週月曜日に血液検査をして、hCGの値きちんと下がっているか確認しなくてはならない事。
出血、痛みが出てくる事
もしも、ひどい痛み、出血が多かったり、止まらなかったらすぐに連絡する事。
初診から4週見て、自然排出されなかったり、hCGの値が下がらなかったら月末に手術をしなければならない事。
を説明してくれました。
そして、問題無ければ、夏にまた、妊娠報告で会えるからね。と言いました。
そこまで話して、先生が質問ある?と聞いてくれました。
説明を聞いている間に、少し落ち着いてきた、私は事前に得ていた知識から、生理が普通に始まれば、問題無く妊娠しても、子供を作っても良いんですよね?
と、なんとか、質問。まあ、つっかえて、声がしっかり出なくて、先生にえ?って言われて、2回ぐらい言い直したんですがね・・・
日本では、確か、hCGが0になるのを待って、生理周期2回ぐらいを確認すると言うのを聞いた気がしたので、質問したのですが、血液検査に問題無く、完全に自然排出されれば子作りは問題ないとのこと。

ただ、この時点では、そうですか。分かりました。という返事しかできませんでした。
先生は、なるべく話しが長引かないように、そこで話を区切り、手術をするときのことも考えて、念の為、血液型の確認を言われたので、「A型です。A型+です。」と答えると、先生はパソコンの情報を見て、「ん?O型+になってるよ」と、それまでのショックを凌駕するほどのショックな話しをされた瞬間でした。
生まれてから、ずっとA型と言われ続けて、採血の時や記入欄などはA型で通した私は、そっちの事に半分パニック。
「でも、私、今までに何度か検査とか、採血してますけど、A型でしたよ。え?本当にO型ですか?」
ってきくと、「最後に血液型検査したのはいつ?」と言われて初めて、血液型の検査のためだけに採血した事は無いのでは?と。大抵の場合医師に聞かれても、自己申告だった記憶が・・・
「次の採血の時に血液型検査も入れておこう」
と言ってくれて、その旨を看護婦に伝えて、そのまま、「それじゃあ、毎週血液検査の次の日に結果の連絡をするから。一応3週間後位にもう一度再診しよう。」
と言って、終わりました。
私は二つのショックで自分が歩いているのか、何を考えて良いのか全く分からないで、ただ主人に手を握られて、歩いていました。
気が付いたら、車の助手席に座っていました。
静かな場所で、主人と二人きりになると、自然とこらえていた涙が出てきました。
私が落ちつくまで、主人は待ってくれて、担当医が説明していた事が分かったか聞いてきました。
まあ、なんと言っても、私の英語力ですし。状況が状況だったから、聞いていたかどうか不安だったんだと思います。

自分が聞いたと思っていた事、理解したと思ってた内容を主人に伝えて、それで間違っていないかどうかを確認。
どうやら理解できていたようです。

私が少し落ち着いたのを見て、帰宅しました。

家に入ると、数人家族が話していましたが、その間を通って、自分たちの部屋に行き、鍵を閉めて、暫く二人で手を握って座って、更に落ち着くのを待ちました。
話そうと思うと、涙が出てきて、声にならないので暫くは黙ったままでした。
子供が欲しかった私たちですが、結婚してから一緒に暮らすまで、アメリカ移住の問題があったために、一年ほど一緒に生活できない時期があり、更に、周りからの期待もあったので、皆に報告しなきゃいけないつらさと、自分たちがどの程度冷静でいられるか分からない気持ちで、部屋からは出られませんでした。

話が出来るようになってから、主人と今回の事について、思ってい売る事や、考えている事、これからの事を、心にためずに全部お互いに話す事にしました。

そして、今回、
初めから赤ちゃんが居なかったのだから、命が消えてしまったわけでは無い事。
医者の判断では、私たちに問題は無かった事。
私の体が自然排出により、自然のサイクルに戻れば、また子供が作れるようになる事。
すでに、良い医者と病院を見つけられた
妊娠した時の状況、周りがどのような助けをしなければいけないかを家族全員が知る事が出来た
妊娠して必要な物、対応を勉強できた

等々、更に今自分が思っている事、相手にしてほしい事、自分がしたい事、等を話しました。

そうやって、落ち着き、何とか、話せそうなので、それじゃあ、報告に行こう。
と、家族に話しに行きました。
あまり何度も話したい内容ではないので、一緒に住んでいる家族以外には、私の親戚には私が報告。
主人の兄弟たちには主人が連絡。
と言う形で、二人で半分ずつ請け負いました

そんなこんなで、悲しい気持ちはぬぐい去れないけれども、ポジティブに考えをもち、マイナスの面では無く、それによって生まれる、プラスの面を見ていく事を大事にしようと言う事で、悲しい時には、泣いて、話して、寝て、、、と言う風にすることにしました。




さて、次のブログで、その後の状況を書きたいと思います。
まあ、つまり、自然流産(完全流産)で排出をまっている状態です。
これはまだ現在進行中なので、医師からすべて完了報告を受けてから、upしたいと思います。








ああ、余談ですが血液型について、
母に報告したら
「じゃあ、O型なんじゃないの?」
と、あっさり言われました。
母よ・・・そんなにあっさり言わないでくれ、私に血液型を教えたのはあなただ・・・

そして、調べた結果、私たち位までの年代の多くは生まれた時に血液型を調べた後、特に必要が無いと調べないで終わる事が多いそうです。
さらに、生まれてすぐに調べた時の血液型はまだ血液が安定していないために、その後変わる事があるとか。
特に母親と同じだった場合は、生まれるまで母親の影響を受けていて強くそれが出ている可能性があるため、変わる可能性が多いと言う事。
血液型は4歳くらいで調べると確実に分かるそうです。

そして、再検査の結果O型でした
今まで、A型といわれ、更に性格もA型だよね~とか言われていた私ですが、全く違うと言う事になります。
つまり血液型占いが、全くあたっていなかったという事になります。
まあ、そんなもんですよね。
とりあえず、A型っぽいO型と言う事で、落ち着きました。