先週末からの混乱で、とても読みづらいというか不恰好なブログをお見せしてしまいましたね( ̄_ ̄ i)
あらためてお詫びしますm(_ _)m
というか、これも含めての対人恐怖症(あがり症)克服なのかもしれません。
ある意味、確かに私は回復途上の人間なんでしょうね。
でも、別の意味で言えば、確実に昔から比べれば通常人のように社会的ふるまいを行えるレベルまでたどり着いている事は、間違いありません。
ひょっとすると、読者の方の中には、山田は完全に克服が済んでいる・・と思っている・・・というか、私の文章がまずくて、そう思っていらっしゃった・・という方もおいでかもしれませんね。
でも、逆に考えてみて下さい。
実際、ドタバタしながらも、なんやかんや進んで行く事は出来るんだと。
歩みを止めなければ、克服に向かっていくことは出来るんだと。
これは事実です。
信じるとかでなく、実際にそうなのです。
焦らず、どうぞあなたのペースで対人恐怖症(あがり症)を克服して行きましょうね。
さて、ようやく本編です。
前回までの流れで、とにかく以下のような・・・・
(1)何でも他人と自分を比較しなければ気がすまない。
(2)自分が完全に勝っている場合は、相手を見下す。
(3)自分が勝てない場合は、勝つ努力をしたりはせず、逃げる。
(4)当然対人関係を円滑にすることなど出来ない。
考え方や習慣が、対人恐怖症(あがり症)の大きな原因の一つでは無いかと定義しました。
おそらく、このページをご覧になられている方の多くは、どこか見に覚えのある内容であろうかと思います。
では、これを解消し、自分の中で自分を苦しめる毒の素を作ってしまう損な習慣をやめられるのでしょうか?
もちろん、やみくもにフタをし、抑えこんでも、心の中に閉じ込めたヘドロのような感情が、またすぐにあなを飲み込んでしまうでしょう。
やはり、こういった事は元から断たねばなりません。
今回は、まず一例として、自分がこのような他人と自分をゆがんだ仕方で比較することに縛られたのはなぜか、時間をさかのぼって原因を探ってみたいと思います。
一般論として他人ごとのように推理してみると、教育に熱心な家庭で、高学歴な両親に教育中心の躾を受け、勝利至上主義者に育てられてしまったパターンがまっ先に思いつきますよね。
そんな人間が何かの挫折をへて、負ける機会が増えるうちに、上のような考え方を身につける・・・まぁ実際によくあるパターンだと思います。
でも、我が家は全く違いました。
中学校で進研ゼミに出会うまで、私はおよそ塾や習い事のたぐいを一切したことがありませんでした。
宿題もほとんどまともにした事はありません。
うちの親はそもそも宿題について一切私に何か言ったりチェックしたりということもありませんでしたし。
なので、当然勉強なんて出来るようになるわけがありません。
まったく出来ないわけではありませんでしたが、真ん中の下くらいをふらふらしておりました。
なので、幼少の頃に何かを植え付けられた・・・少なくとも勉強方面から、という可能性はないです。
で、結果から言ってしまうと、何によって自分のよくない習性が決定づけられたのか・・・これは数年前、自分を回復へと大きく誘導してくれたある人に気付かされました。
というか、そのことに目を伏せて逃げている現実を突きつけられました。
自分が他人と自分を比較する心の存在を知り、その呪縛から逃れるまでの経緯と、その「ある人」との出会い・交流については、次回以降、別シリーズの記事でお話させて頂きたいと思います。
今日もとりとめのない記事にお付き合い頂き、ありがとうございました。
読んで頂いたうえに、こんな事を申し上げると起こられそうですが、こうして自分の事を記事にすることで、あらためて自分を省みることが出来ますね。
また、私のこんな拙い文章が、あるいは多少なりとも同じ悩みを持たれる方に役立てれば、本当にうれしいのですが。
それではまた次の記事でお会いしましょう。
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<注意>
・対人恐怖症(あがり症)は神経症の一種です。
また、当ページの内容はあくまでも1個人の経験的主観に基づくものであり、
医学的根拠に基づいた治療方法について記載しているものでは必ずしもありません。
・ページ内で案内しているメール講座は、自分も対人ストレスを軽減するために役立ちました。
