*AWESOME MUSIC* theHIATUS/BIGMAMA/BIGBANGが好き! -2ページ目

*AWESOME MUSIC* theHIATUS/BIGMAMA/BIGBANGが好き!

the HIATUS / BIGMAMA / BIGBANG

ROCKが好き!
けどK-POPも好き!

記事や情報を記録しておくblog*

(BOOKMARK欄にてほかにやっているBlog LINK中)

「子供の頃の傷は乗り越えられない、生きていかなきゃいけない」

ローリングストーン日本版 アーカイヴ・インタヴュー
2015年8月号 表紙巻頭 細美武士 ソロ1万字インタヴュー(前編)

MONOEYES4人でのインタヴューを終え、細美武士と2人で向い合ったのは深夜0時すぎ。そのままお互いビールを飲みながら、じっくりと言葉を交わしていった。

アルバムの歌詞もまだすべて書き終えていない追い込みの時期にも関わらず、自身の心の内を時間をかけて語ってくれた。かなりディープな話になったのではないかと思う。細美のこの言葉は、闇を抱える多くの人たちの灯りになると僕は信じている。


─ソロのインタヴューでは何を聞こうか、ずっと考えていたんですけど、メンバー全員のインタヴューで、細美さんの子供の頃の話が出たでしょ? 子供の頃ってそんなに周りと上手くいかなかったんですか?

うん。だってこのまんまだもん。

─6月24日に発売したシングル「My Instant Song E.P.」の2曲目に収録している「When I Was A King」がそんな内容の詞でしたよね。

歌詞は別に実体験で書いてるわけじゃないから。でもみんなあるよね、拭えない何かって。やっぱり何をやってても、ずっとちょっと悲しいときとかさ。それは持って生まれた何かなのかもしれないけど、俺もずっとあるよ。でも最近は、ほんとに友達だと思える連中がいっぱいいるからね。幡ヶ谷に行ったり、バンドの練習とかに行けば。子供のころ周りと上手く行かなかったことはもうすっかりどうでも良くなっちゃったな(笑)。

─ミュージシャンになる前は、就職してたんですよね?

うん。わりかしいろいろやったよ。

─何をやってたんですか?

建築でしょ。工場勤務とかもしてたね。17か18歳の時は工場の寮に住んでた。そのあと高認とって大学出てからは、バイトしながらバンドやってたけど、さすがに借金やばくなって就職した。

─プロとして音楽をやっていこうという思いはなかった?

ないよ、そんなの全然。

─その先の人生をどうしようっていうのは?

考えてなかったけど、漫然と生きてるのはイヤだった。で、イヤなことを我慢する能力がなかった。そしたら「そんなこと言うんだったら、なんでもひとりでやってればいい」ってことを言われて。「じゃあ、やってやるよ」っていう、それだけ。

─高校を辞めたのは自分から? 

停学になって、なんかその流れで(笑)。

─音楽で食っていこうと思って学校を辞めたんじゃなかったわけでしょ?

なかったね。

─それはどこから湧いたんですか?

音楽で食っていこうなんて、本気で一度も思ってないよ。別に明日から他の仕事しなきゃなんなくなるかも知んないじゃん。俺みたいなのはなかなか使ってくれないと思うけど(笑)。

─確かに俺なら使わないな(笑)。

でしょ(笑)。

─つまり、音楽は好きだけど。

仕事っていう感覚ではやってないね。つーか何も考えてないんだよね。ただ、自分の気持ちの中で、今これをやりてえなっていうことがあるんだよ。やるべきだと思うことがある。それの理由をよく聞かれるんだけど、別にないっていうかさ。何ごとも衝動的なんだよね。後から考えれば「こういうことだったのかな」って思うけど。俺、そんなに計算できないから。来年のこともわかんないぐらいで。今もよくわかってないもん。生きていくことって何なのかとか、人生って何なのかとか。ぜんぜんわかってない。

─バンドインタヴューで、「クズにしかわかんねえ言葉がある」って言ってたでしょ?細美さんの音楽を聴いたり、話を聞いたりしていると、クズじゃなきゃ救えないヤツらもいて。それがガキの頃に読んだ『ライ麦畑でつかまえて』(J・D・サリンジャー著、1951年)の、読んだことありますか?

もちろん読んでるよ。あの時代のバイブルだよね

─俺はあの小説が大好きで。『ライ麦畑』の主人公、ホールデン・コールフィールドは金や欲にまみれた大人たちを「インチキ野郎」と蔑んでる。そうして世の中に背を向けて生きているホールデンに、ある時、妹のフィービーが聞くわけです。「将来何になりたいか」って。そしたら「ライ麦畑のキャッチャー、僕はただそういうものになりたいんだ」と答える。ライ麦畑は汚れてない世界の比喩で。ライ麦畑で遊んでいる子供たちがいて、近くの崖っぷちに自分は立っている。子供たちがその崖から落ちそうになったらキャッチするんだ、と。僕は、ホールデンと細美さんがダブるんです。ホールデンほどイノセントじゃないかもしれないけれど、タトゥーの入った「The Catcher in the Rye」とでもいうか。

『ライ麦畑でつかまえて』は、理想とかじゃなくて、甘えを描いたものだと思う。俺はあの主人公ほど甘くはないから。気持ちはすごくわかるよ。それに、よくこれだけ思春期の精神をありありと描けるなっていう所には感動するけど、主人公が好きかっていったら、俺は大嫌いだね。弱えなと思う。俺はあんなセンチメンタルじゃない。共感はしきれないんだよね。

─確かにホールデンはイノセントといえばイノセントだけど、ピーターパンシンドロームっていうかね。現実から逃げてる感じもあるし。

全部人のせいにするじゃん? 大人のふりしてバーへ行くシーンとか耐えられないよね。でも美しい表現がすごくいっぱいあって。水たまりの中の油の虹とかさ。ああいうのはすごい好きなの。

─でも、俺はホールデンと細美さんがかぶるところもあると思う。

誰だってあるでしょ。みんなあの感覚はあると思う。寮で同室のヤツがいて、自分はそいつに勝てないのに自己評価だけは上だとかさ。でもやっぱり甘ったれの物語だなと思って読んでるね。

─なるほどね。

だって、あいつは別にほんとうの意味ではなんも困ってないじゃん。たいした苦境にいるわけでもねぇし。もっと酷いことをされてるヤツが実際にはたくさんいる。そういう人とかと比べたら、ただの甘えでしかないと思う。俺だって強くはないけど、あの物語の主人公ほど弱くはないね。だせぇなと思う。

─ただ、さっきの話を聞いてて、「クズ」という言い方をしていましたが、社会的に成功はしてないけれど、真っ直ぐに生きている人に対するまなざしが似ていると思ったんですよ。

外的な要因ってあるじゃん。子供の頃にものすごい傷つけられたことって消えないんだよ。大人になってからのことはわりかし乗り越えられる。だけど、子供の頃は無垢だから、その時の傷は出血し続ける。さっき言ったのは、そういうことだよね。甘ったれの面倒をみたいなんて思ったことはないよ。



─細美さんはガキの頃に負った心の傷を乗り越えられた?

そんなの乗り越えられないよ(笑)。でも誰だって人は生きていかなきゃいけないじゃん。仲間と酒を飲んでりゃ楽しいし、忘れてるんだよ。だけど、たまによくわからない行動をとる自分のことを紐解いて、「何でだろう」って思うと、根っこは、あの時のあの子がまだあそこで泣いてるからだなって思う。そういうのみんなあるんじゃない?

─その傷に飲み込まれてしまいそうなことって、今まであったんですか?

ないよ。だって、自分のせいじゃないじゃん。

─変な話ですが、死のうって思ったことってないんですか?

どうかな? 俺も、すごい鬱っぽい時もあったからね。

─俺も30代の前半くらいに鬱で、抗うつ剤を飲みすぎて倒れたんです。それで、当時やってた仕事を辞めたのが書く仕事を始めたきっかけで。細美さんは、どうやって鬱を克服したんですか?

ほっといてもそのうち死ぬからね。それまでにやっておきたいこと、やってみたいことのリストが、やり切れるかわからないぐらい長けりゃいいってだけなんだと思う。

─やりたいことがあったから抜け出せた?

だって世界にはまだ見たことがない景色がいっぱいあるし、喋ったことない人もいっぱいいるし。死ぬのはそれをやってからの方がいいって思えるなんて、すげえ恵まれてるじゃん。
─それで必然的に鬱を乗り越えられたっていうか。

よくわかんないけど。じゃあ「自分、今、鬱なんです」って人に対してかけられる言葉なんか、何もねえし。

─何も言ってあげられないですよね。

うん。俺はそんなに博愛主義者でもないし、結構ドライなんだよ。大事な人が大事なだけだから。そういう意味では、俺は実はそんなに弱くないんだと思う。だけど、自分でどうにもならないことはあるからさ。「別にそれはお前のせいじゃねえじゃん」っていうのは言ってやりたいよね。しょうがねえじゃんって。

─細美さんは、何かがきっかけで強くなったんですか?

うーん。俺はもともとすごい無感情だからさ。

─あえてじゃなくて?

ていうか、まぁよくわかんないよね。自分の魂の形もわからないし、何が正しいのか、何が間違ってるのかも、全然わからないんだよ。ただ衝動だけがある。耳元で囁くんだよね。『こっちへ行け』『これをやれ』って。でも、だいたいその囁くことっていうのは、周りにすごい迷惑をかけることだったりするんだよ。俺たちが持ってる時間は、すごい短いわけじゃん。長生きしたところで80年みてえなさ。その中で20年がかぶってる人って奇跡的なわけで。そこにはいつも感謝してるんだよ。ただ、そこに感謝することと、周りが求める自分になろうっていうのとはまた別で。俺は俺のまま使い道があるんだったら、それがいちばんいいじゃん。曲げずに、よじれたまんまフィットできる場所があれば、それがいい。で、そのよじれた部分をもうちょっと真っ直ぐにすれば、ハマれる所が他にもあるんだろうけど。そうやってハマったってどのみち終わりがあるわけじゃん?言って見れば、今も自分の形はわからないけど、そのイビツな形で生まれたことが、俺の持ってるすべてじゃない? その使いどころはどこなんだろう?っていうのはずっと思う。形を変えるのだけがやり方だとは、どうしても思えないんだよね。

─うん。でも、学校や会社はそのイビツなのを少しでも直してハマりなさいって言うわけですよね。みんなそこで苦悩する。ハマらないと自分は居場所がないのかなって。

うん、そうだろうね。
─ただ、自分を曲げて何かにハマることに意味あるのかってことは、誰も教えてくれないわけで。

でもさ、何が正しいかなんて誰もわからないから。俺も、自分が正しいとは思ってないんだよ。ガキの頃から「みんながお前みたいにやれるわけじゃない」って言われてきたのね。たぶん俺は、多い少ないでいえば、少ないほうになってしまうから。「正しい」「間違ってる」でいえば、間違ってるんじゃない? だけど、俺だってもうちょっと器用にやりてえなと思ってるんだよ(笑)。周りのみんなが笑っていられるように、迷惑かけないようにしたいんだけど、できないの。人のことを考えよう、常に感謝を忘れずにやろうって、俺なりにやってるんだけど、俺の一生懸命はこの程度なんだよ。だから他の人には書けない曲を書こうって。それで埋め合わせようと必死なだけで。

~後編へ続く~
ローリングストーン日本版 アーカイヴ・インタヴュー
2015年8月号 MONOEYESインタヴュー
クズにはクズにしかわかんねえ言葉がある

the HIATUSとして精力的に活動を続けている中、細美武士が新バンドMONOEYESを結成した。
2015年7月29日のアルバムをリリースするにあたりバンド全員へのインタヴューを行った。

その話は、それぞれの生き様、人生の全てを犠牲にしても惜しくないという「バンド」への思いに終始した。ドラムの一瀬正和と、ベース&コーラスのスコット・マーフィーとは初対面だったが、プライベートなことも含め、バンドマンとしての人生を赤裸々に語ってくれた。クールに見えるギターの戸高賢史も、予想を遥かに越えて熱かった。細美はみんなの話を聞きながら、ずっと笑顔だった。
このインタヴューで語られたことを要約すると、MONOYEYESは「」だということだ。だからこそ、彼らにしか出せない音がある。彼らにしか言えない言葉がある。そして、彼らにしか救えない人たちがいる。その音は、その言葉はどこまでもまっすぐで嘘がない。
細美の提案で酒を飲みながら話を聞くことになり、全員での乾杯から始まった。

一同「乾杯!」

─もともとは細美さんのソロとしてリリースすると聞いていたんですが。

細美「作曲を始めた時はそのつもりでやってたんだけど、レコーディングに向けてプリプロに入る段階でこの3人に声をかけて、実際に4人でスタジオに入ってみたら、そこからは勝手にバンドになってったね」

─なるほど。

細美「俺は、曲は作れるけど、タイコは叩けないし、ベースも弾けないし、ギターもコードしか弾けないから、3人にレコーディング手伝ってくれって言って。音を合わせた初日からソロって感覚はなくなってった。だから厳密に言えば、俺のソロ活動は家で作曲をして、みんなにデモ渡したところまで。その半年間だけがソロ活動だった」

─デモを渡した瞬間にソロ活動が、

細美「終わった(笑)。最初は、みんながどのくらいのテンションで乗りこんできてくれるか、わからないじゃん。そういうのは曲が呼ぶものだったりするし、一緒に音を出した時の感覚だったりするから。どうなるかはやってみないとわかんなかったけど、初日からギュッてなった」

一瀬「確か、プリプロ初日に 「Cold Reaction」 をやったんだよ。で、ブースへ戻った瞬間に、細美くんの顔色が変わったの。すぐに「これからこの4人でバンドでやりたいから、よろしく頼む」って言い出して。それまでソロとして出すっていう、すごい重圧の中で曲作りをやってきたわけでしょ。その細美くんの曲を演奏する俺らの熱量を見て、「バンドとしてやりたい」と思ってくれたんだと思う。少しでもハテナマークがついてたら言わなかったと思う。ライヴは違う人とやろうとか、ソロ的な活動になったかもしれないし。でも、プリプロ2日目にはかなりブッこんだ話をしてたからね(笑)。ツアーがどうだとか」

─もうそんな話になってたんですか?

一瀬「そう。そこまで壮大なんだ?って。正直もっと軽いバンドだと思ってたんだよね」

─ソロプロジェクト的なバンドだと?

一瀬「そう。それでも俺はバンドマンだから、ソロといえど、サウンドや熱量はバンドと同じにしたいから。呼ばれた時点から、バンドのドラマーとしてやるつもりでいて。それはみんな一緒で。みんながそうだから、「これはソロじゃねえな」ってパッと思ったんだと思う」

細美「そういう感じだったね」

─それで2日目でツアーの話に(笑)。

一瀬「ツアーというか、「これからどうする?」みたいな感じで。「どうする?ってまだ2日目なんですけど」 ってみんな思ってたと思うけど(笑)。スコットなんか、シカゴに住んでたしさ」

スコット「シカゴでマンション買ったばっかりだったの。誘われた時、こんなにガッツりやると思わなかったけど、音を出したら「やろうぜ!」って感じで。マンションはすぐに売って」

─ええ!

細美「車も家具も、全部売って(笑)。男気があるよね」

一瀬「けっこういい家具を買ったのに(笑)」

スコット「正直、寂しかったけど(苦笑)」

細美「でも、本当にこりゃあいいバンドになるわって思ったんだよ。俺も最初はこんな風になっていくなんて予想してなかったけど(笑)。やっぱり男気のある、気持ちいいヤツらとやりたいって思ったその感覚は、間違ってなかったんだなって思う。男4人が集まって本気で音を出すってだけだから、最初はソロだったとか、まあ今更どっちでもいいじゃねえかって思うしね」

─「MONOEYESと書いて男気と読む」って感じですね(笑)。

一瀬「まだ早いな(笑)。ライヴをやってから」

細美「一瀬がタイコでエイタス(the HIATUS)のツアーを周った時にさ、俺に「一曲でもう立ち上がれなくなってもいいっていうような演奏をしてる背中を見てて、お前がそこへ行くんだったら当然付き合うでしょ」って言ってくれたことがあるの」

一瀬「そうだっけ?」

─忘れてるんですか?

一瀬「そういうつもりでやってるけど、言葉にしたのは。」

細美「(笑)そんなこと言ってもらったの初めてだったからさ。すごい嬉しかったんだよ。その時は「おう、ありがと」ぐらいしかリアクションできなかったんだけど。気の合うやつとバンド組むみたいなのは、結局タイミングの問題でさ。今回俺は、the HIATUSの武道館公演が無事に終わって、なんとなく、今までやってきたことを全部ぶち込んで、一人で一枚作りきるみたいなこと、まあそれをソロって呼んでたんだけど、それが出来るのって今しかなさそうだな、今を逃すとまた5年後とかになるだろうな、って感じてたタイミングで、去年の夏にツアーが終わってから、ずっと曲を書いてたんだよ。たぶん、みんなも何かしらのタイミングで、それが一個になったから生まれてるのかなって感じはするんだよね。偶然、必然、いろんな呼び方があるけど、頑張ってたらこんないいことあるんだなって」

─その辺はみんなも同じ感じだったんですか?

一瀬「俺も、ロックしかできない中で、食える食えないとかいろいろ考えながら、好きだからドラムをやり続けてたら、いいことってあるんだなって思った。第一線で活躍してる細美くんに「一緒にやろうよ」って声をかけてもらえるなんて、そんなありがたい話はなくて。下手でも好きでずっとやってると、本当にご褒美をいただけるんだなって。しがみついててよかったなって」

─手離そうと思ったことはないんですか?

一瀬「何度もあるよ。楽しい瞬間もあるけど、バンドやるのって、10のうち9は辛いじゃん。でもその残りの1が忘れられないというか(笑)。今回も、本当に巡り合わせがラッキーだっただけだし。だから、それをちゃんと無駄にしないで、噛み締めて頑張るしかない。この3人、みんなそれぞれ人生があって、たまたま音楽が、バンドが好きで。でも集まったのは、それだけじゃないと思うから。人間として人を尊重し合ったりすることを大切にして生きてきた人たちだと思う。そこも細美武士は見ているし。音楽や、バンドに対する姿勢がこの4人は一緒なんだと思う」

─トディ(戸高)はどうですか? 人生で、このタイミングでこのバンドをやる意味というか。

戸高「このバンドで時間を過ごすうちに、何かくすぶってた、行き場のないロック魂みたいのなのが自分の中にあったんだなってことに気がついた。そのくすぶってた魂をつかまえて、「そんなところでくすぶってるのは違うだろ?」ってフックアップしてくれた感じがあって。それをメンバーと、同じベクトルでいろんなことを共有しながらやっていけることに、すごい幸せを感じてますね」

─今、ART-SCHOOLは活動休止中でしょ。また動き出したらどうするんですか?

戸高「変わらない気がしますね。ART-SCHOOLはちょっと特殊なバンドなので。内情的というか、ワーって熱い話をしたりするのをあまり美徳としないような節があって(笑)。それを10
年間近く続けていたけど、もともとある熱い魂が。」

─ふつふつと(笑)。

戸高「うん。自分の中にこういう感覚があったんだって、目から鱗だったことがたくさんある。今これをやれていることで、今後の生き方も変わってくるだろうし、出す音の説得力も変わってくるだろうし。ART-SCHOOLが復活しようが何しようが、MONOEYESでやれることは、自分の人生にとってはプラスでしかないので。本当にすごい楽しいんです。生きてる心地がします」

─おお!

戸高「いいこと言ってます?(笑)」

細美「ずっと聞きながら飲んでたい(笑)」

─バンドっていいなぁ。

細美「いいよね」

─細美さんは、先ほど「今までやってきたことを全部ぶち込んで、一人で一枚作りきるみたいなことをやるには、今しかないタイミングだった」と言ってましたが、the HIATUSで武道館を大成功させてどんどん良くなっていく中で、何がくすぶっていたんですか。

細美「何も別にくすぶってたわけじゃないんだよ。MONOEYESができたのには、2つの理由があって。ひとつは、15年近く、バンドでメロディと歌詞を書いてきたけど、ひとりで燃え尽きるほど懇々と自分を追い込んで、自分の限界を超えたい、飛べそうにない高さのハードルをもう一回飛び越えたいって思ってて。自分の最高到達点をどこかで作っておきたいっていう個人的な思いがあって、ひとりで曲を書きたかった。だから、誰の力も借りられないところで一から作りたかったのね。それはいつかやりたいって、ずっと思ってた。武道館でライヴができて、さあこれから新しいアルバムを作ろうっていう話を、エイタスのメンバーとしてた時に、ここでやっておかないと、次にできるチャンスはもうないかもしれないと思って書きはじめて。もうひとつの理由は、東北へいつも弾き語りでいくわけじゃん。その時に、例えば誰かが怪我をしちゃって、仲間のバンドのライヴが飛んだ時とかでも『俺ら代わりに行くから大丈夫!』って言えるような、フットワークの軽いバンドが欲しいって、ずっと思ってたんだよ。それが合体してMONOEYESが生まれたの。答えになってるかな?」

─最高到達点を目指すには、やっぱりバンドじゃなきゃって思ったんですか?

細美「歌う場所はバンドしか知らないからさ。中2か中3で始めて。俺、学校では超嫌われてたんだけど、でも、バンドをやってる時だけは普段は俺のこと大っ嫌いな連中も、学祭で音を鳴らせば観に来てワッと盛り上がる。これやってる時だけはこっち向いてくれる人がいるんだって思った。俺にはそこに「救い」があったんだろうね。その後、大人になって、会社勤めもしたけど、こんなに美しいっていうか、ピュアで嘘がないものを、俺はバンドの中にしか結局見つけられなかった。だから、ほかの方法なんか思いつきもしないっていうか。去年の9月にひとりで曲を書き始めたけど、結局バンドでしか鳴らせない音しか作れなかったし、それは俺にとってもうれしいことだったし。そんな感じなんだよ。ガキの頃から、バンドやってる時は本当に楽しかった」

一瀬「そうじゃなきゃ続けないですよね」

細美「大人になってもそれは全然変わんないね」

一瀬「ほかのことが我慢できるんだよね。やっぱり食えない時期だっていっぱいあってさ。俺、警備員のバイトしてしてたんだけど、オヤジに「バンドなんてやめちまえ」ってさんざん言われてさ。キーって思っても、その時は言い返せない。だけど、歯を食いしばってさ。どんなに馬鹿にされても、仲間とスタジオに入ったり、ライヴをしたり、終わった後にメンバーと飲んだりするっていう行為は、もう何物にも代えられない。だから、それ以外の生活で辛いことがあっても、やっぱりバンドしかない。それが共有できる人たちとしかやりたくないってのも、正直あるよね。だから、このバンドに誰も振り向いてくれなくてもぜんぜん関係ない。そう思ってるのに、もうライヴとかフェスとかが決まっているっていうのは、幸せでしかないよね。それは細美武士が作ってくれたお膳立てだから。すごい感謝してる」

─まだ完成した音源はいただけていないんですが、アルバムはちゃんと仕上がるんですか?

細美「五分五分だね」

─発売予定日に出ないかもしれない?

一瀬「保証はないよね。絡んでくれてる人には大変申し訳ないけど、あとは付き合ってくれとしか言えない(笑)。その代わり、いいライヴやるし」

─細美さんうなづいてますが(笑)。

細美「うん。サボってないからね、これ以上急ぎようがない。でも、期日に間に合わせるっていう感覚では面白い物は作れないじゃん。もちろん間に合ったほうがいいから、眠くても、遊びたくても、全部の時間を注ぎ込むよ。でも実際に俺に約束できるのはそこまで。このぐらいにはできるだろうっていう予測は立てられるけど、その通りにはいかない時もあるっていうか(笑)」

一同「(笑)」

細美「俺が聴くんだったら、周りとうまくやることよりもっと大事なことがあるっていうヤツの音楽のほうが聴きたいからさ。社会人としてはダメかもしれないけど」

─でも、表現者としては。

細美「うん。他にはなんもいらねえからいい曲を作りてえと思った人の曲って、やっぱり違うんだよ。俺が聴きたいのはそういう音だし、俺が作りたいのもそれなの。だから付き合ってくれないですかっていう感覚」

─アルバムタイトルは決まったんですか?

一瀬「決まってない」

細美「タイトルなんて何でもいいんだよ。結局は聴いて好きか嫌いかだけだと思うから。どんなヤツがやってるのかすら関係ないじゃん。最初、レーベルの人が「CDのパッケージに各メンバーの名前を入れたい」って言ってたんだけど、俺はそんなの最高にダセえと思って。それが誰だろうが、過去に何をやってようが、出た音がかっこいいかどうかだけじゃん。それ以外の部分なんて、何の意味もない」

戸高「気になったらウィキペディアかなんかで調べてくれよって」

細美「そしたら、ああこのバンド、クズばっかいるんだなって(笑)」

一瀬「それはそれでひとつの救いだからね、クズに対しての。クズにもできることがある。だから聴いた人たちが、「俺にも頑張れることがあるんだな」とか思って、勇気をもらったりしてくれたら、+αでいいよね。その前に、とにかく音がカッコいいって思ってくれたら、それだけで恩の字だし。今はCDのセールスがどうだとか、そういう時代じゃないでしょ。俺は逆にいい時代だと思ってるから。やれ「何百万枚売れました」じゃなくて、友達が聴いてるCDを「これカッコいいね! 誰?」って。それだけでいいじゃないですか。それをやってるのが、クズだったら余計いい(笑)」

細美「そうだよね(笑)」

一瀬「しっかりしてる人だったら、どうにでも生きていけるもん。どうしたらいいかわからないヤツが、何か頑張りたいなとか、生きてていいんだ、とか思ってくれたら、本当にうれしいよね」

細美「だって学校でバンドやってるやつなんて、ダメなヤツしかいなかったじゃん。イケてるヤツはもともとバンドなんかやんないじゃん。 ダセえもん、バンドやってるのっつって」

一瀬「しかもこんな歳にもなってバンドやってるヤツは、たぶんちょっとどこかでクズだと思う(笑)。俺はそれがいいと思うんだ」

細美「別に俺らみたいな音楽がなくたって、困んない人のが普通じゃん。でも、クズにはクズにしかわかんねえ言葉があるからさ。そこで喋ってたいよね。どの人の人生だって深いし重いし。哀しいこともいっぱいあるしさ。すごいと思うんだよ、人間ひとりの一生の中に詰まっている物語って。それをざっと表面だけ舐めて広くやるのがバンドマンの仕事じゃなくてさ。俺は100人が100人、なんとなくいいねっていうものなんか興味くて、100人のうちひとりかふたりでもいいから「この曲じゃなきゃダメだ」って思える音楽が作りたいんだよ」

─でも、お金は大事じゃないんですか? 食っていかなきゃいけないわけで。

一瀬「うん。でも、それだったら俺はバンドをやってないと思うから。たぶんバカなんだと思うよ(笑)。お金が稼げないからっていうのは、僕にとってバンドをやらない理由にはならないよ」

─うんうん。

スコット「僕は3人姉弟なんだけど、僕の弟はドクターで、お姉ちゃんは政府の仕事をしてるの。で、僕はロックバンドやってる(笑)」

一同「(笑)」

スコット「お父さんも航空会社で働いてるんだけど、僕が何をやってるかぜんぜん知らなかった。お母さんもそうだったけど。5年前くらいに僕がサマーソニックのヘッドライナーとしてソロで出て、お父さんが観にきてくれてね。ライヴが終わった後にハグしてくれて。すごいうれしかった」

一瀬「それは気持ちいいでしょう。それもバンドのいいところだよね。生で演奏を観た時に、価値観が変わる。絵とかもそうだと思うけど、実際に観た瞬間に全てが変わるじゃん。スコットも、お父さんは心配してたけど、ステージを観て「すごい!」って思ったんでしょ。それってメチャクチャうれしいし、超気持ちいいよね」

スコット「うん」

一瀬「だから俺も、今の俺を「バンドなんかやめちまえ」って言ってたジジイに観せてやりたいけど、一生観ないだろうな(笑)。今、やりたいことで、憧れてたことで忙しくなれてるなんて、本当に夢のような話なんですよ。MONOEYESは、「バンドっていいでしょ?」っていうのを音にできてる。だから、もうそれ以上いらねえ」

─いらねえって(笑)。

一瀬「何ていうか、このバンドではアーティスティックな部分は今はいらなくて。たぶん、細美武士の超かっこいいthe HIATUSの表現が構築されてるからできることなの。ここ何年間のthe
HIATUSのよさって半端ないから。別枠で無条件にワチャワチャできるライヴがやれるバンドがやりたいっていう衝動は絶対にアリだと思って」

細美「(笑)でも、もう書けねえよ、今回みたいな曲は」

一瀬「いや、書いてもらいますけど」

細美「もう全部出し切ったよ。マジでこのアルバムは一生で一回だと思って作ったもん」

─何かいいなあ。

一瀬「40歳を超えたのに、また青春やってんですよ(笑)。これは、本当バンドの醍醐味で。自分が超気持ちいいっていうバンドを組むと、たぶん60でも70でも少年に戻れる」

戸高「こないだシングルがラジオで初オンエアされた時なんて、かかった途端にみんなでハイタッチしましたから。うれしくて」

細美「なんだろう、すごいよかったよな」

戸高「すごい高揚感。中学生かよっていう(笑)」

スコット「本当、新鮮に笑っちゃった」

─細美さん、ずっと笑顔で飲んでますね。

細美「バカばっかりだからさあ。自分の事をおいといて、人の事ばっかり考えているようなバカばっかり。そのバカばっかりいる世界が、俺は気持ちがいいんだよ。それだけじゃ世界は回らないのかも知れないけど。ただ、そういう場所がないと困っちゃうようなバカどもの事を忘れて欲しくはないなあ。不器用で、頑張っても周りに馴染めないヤツってどこに行っても必ずいるじゃん。そういうヤツの気持ちだけは痛いほどわかる。クラス40人いれば、そん中に1人か2人はずっと俯いてる連中がいるじゃん。俺は、そいつらのことばっか考えて生きてるよ。俺がそうだったから。だから最初MONOEYESのツアーは、東北に行ければそれでいいやって思ってたんだけど、よく考えたらどこに住んでても、同じような連中はいるわけで。やっぱり全国回りたいと思って組んでみたら、ツアーがけっこうガッツリになっちゃった(笑)」

─はい。そういえば、まだ作詞中なんですよね。

細美「うん。おっさんなりの、今の自分の歌詞を書いてるよ。ガキンチョが聴いてダサかろうが、それが俺の今じゃん。 昔から俺の周りには、いい先輩がいっぱいいてさ。クラスの連中とはうまくいかなかったけど、地元の先輩たちがいてくれたおかげで、俺はいろんなことを勉強したし、渡してもらったものがあるから。今んなってその役をちゃんとやれたら最高だよね。だって、40になったおっさんがみんなカッコ悪かったら、あいつらが40になる理由がなくなっちゃうじゃん」

一瀬「確かに俺らの時代にかっこいいおじさん、かっこいいバンドをやってる人たちがいたよね。もう俺らがその立場なんだよね」

細美「ダメなおっさんがいっぱいいた方が、「ダメなままおっさんになれるんだ」ってみんな思ったりしてね(笑)」

一瀬「だからこそ、俺は全国に行ってライヴをしたいね。こんなダメなおじさんでも頑張ってるって、みんなに観てもらいたい」

戸高「一瀬さん、ダメな人推しすぎですよ(笑)」

─自虐的な(笑)。

一瀬「自虐じゃなくてモチベーションなんですよ。バンドをやったりライヴをやったりすることが、唯一自分のできることで、それ以外は本当に自分のこと嫌いだから。だから、頑張れるところがあって、それを人に見てもらえるチャンスがある。だから全国を回りたいなっていうのが正直なところで。今回、俺はかなりカッコいいのが録れてると思うから、たくさんの人に聴いてほしいし、かっこいいなと思ってくれた人の顔を見てみたい。それを、作った俺たちのご褒美にしたいなって」

細美「確かに」

─締めに、何か言い残したことはないですか?

一瀬「じゃあ大将に」

細美「俺か。言いたいことはいっぱいあるんだけど、最初に言いたいのは、みんなのおかげでこのアルバムが作れたってことかな。いっかい俺に好きにやらして欲しいんだって話に、裸で乗っかってきてくれた3人に本当に心から感謝したい。結局いくら俺がいいメロディを思いつこうが、ひとりでは絶対にこの盤はできないわけで。俺はこの地球で一番ラッキーなソングライターだと思ってる。手伝ってくれた全てのスタッフにも、これはみんなが作ったアルバムだって分かっててもらいたい。もうひとつは、これから先、MONOEYESが出会う人たち、ツアーに出て行った時に出会う人たちに言っておくよ。あんまりたくさんのことは約束できないんだけど、いろんなものが作り物で、優しい言葉も嘘で、っていう世界に疲れたら、俺たちは優しい言葉は言わないかもしれないし、いつも笑顔じゃないかもしれないけれど、ライヴやってる時には、嘘だけはつかないから。それだけは約束するよ」
ローリングストーン日本版 アーカイヴ・インタヴュー

─細美さんとの付き合いは長いんですか?

2005年だったかな。ROCK INJAPAN(FESTIVAL、以下ジャパン)で、自分の本番が終わってから、気になっていた10FEETのステージに酔っぱらって酒瓶片手に、モッシュピットに入ったの(笑)。で、ライヴも良かったし、すげえ楽しんで暴れたから、挨拶に行こうと思って。バックステージの楽屋を、酔っぱらってガチャって開けて、「おい! 超ライヴ良かったぞおー!!!」って言ったら、10FEETじゃなくて本番前のめっちゃナーバスなエルレ(ELLEGARDEN)だった(笑)。

─すごい出逢いですね。で、すぐにガッツリと?

いや、ガッツリ話したのはtheHIATUSがファーストを出したぐらいかな。SETSTOCKっていうフェスのバックヤードで飲んで、音楽論議みたいなのをした時。お互い言いたいことはきちんと言いたいタイプなんで、「それ違くねえか?」「いやいや、こうでこうで」とかいろいろ話して。それが、いつもの温度なんですけど(笑)。そこが人としてちゃんと細美武士と触れ合ったというか、がっちりコネクトした時かな。

─ふたりの間で何が共鳴し合ったんですかね。

Dragonもあぜ道を歩いてたと思うんだけど、エルレも歩いていたと思う。お互いの音楽性っていう意味でね。で、歩き続けていると、どこかでその道が重なったりもして。まぁ俺はわかりやすく「ウマが合う」って言ってるんですけどね。要は、細美っちの言ってることが俺は理解できるし、俺の言ってることもあの人は100%理解してると思ってる。仲良しとかそういうことではなくて、同志。The HIATUSがジャパンに出てたのを観て、俺は号泣したし。別に細美っちがすげえとか、すごくねえとかそういうことじゃなくて、理解ができるの。俺の理解者でいてくれるから、俺もあの人の理解者でいるべきだし。

─細美さんは、周りからよく面倒くさがられるって言ってましたが。

はっきり言って、面倒くさい人だからね(笑)。そんなもん白黒ハッキリさせなくてもいいのに、ってこともハッキリしたい人だから。笑って、へつらって、その場をやりすごすより、言いたいこと言って仲間を作っていきたいって言っていたし。やっぱり、いろんなことに意思を曲げている人にとっては、眩しすぎるよね。本当に曲げないでやっていくのは、裏を返せばすげえ窮屈っていうことだし。言い方を変えれば、いっぱい条件を作ってるってことだから、やれることも限られてくるわけでしょ?そんな中で細美っちが一生懸命やってることは100%リスペクトしてるし、俺もこういう大人になりたいと思ってる。いろんなことに対して、普通はあんなに誠実に戦えないよね。でも細美っちは戦ってる。もちろん、アーティストとしても、一緒にバッって音出すと、ワンコード弾いたり一節歌うだけで、伝わるものがあるし。なんか、すごく頭がいい部分とメチャクチャ頭が悪い部分とがあるんだよね。自ら、意図的になるべくソロバンを叩かないようにしてるんだろうなっていう部分もあるし。俺もそこはすごく見習っている部分だから。「そうだよな、そこソロバン叩いたら終わりだよな」って。

─細美さんと一緒にやりたいことはあります?

去年か一昨年だったか、どこかのイベントで、飲んでる時に「お前、最近何やってるんだよ」って細美っちに言われて、「実は俺、初めてソロやろうかと思ってんの」って言ってたら「えっ、マジで!?俺もなんだけど」って。カブったー!!って(笑)。その会話をしたのがソロを作り出す少し前ぐらいだったんです。それがお互いちゃんとカタチになったから、すごい喜びがあって。でもまだお互いの今の姿を見せ合ってないから、何でもいいから早く対バンしたいですね。

KENJI FURUYA
降谷健志 ○ 1979年、東京都生まれ。97年、Kjとして、Dragon Ashでデビュー。ヴォーカル、ギターを担当するフロントマンとして、バンドを牽引する。2015年3月、自身初のソロプロジェクトを始動させた。6月17日にファーストアルバム『Everything Becomes The Music』を発売。2015年12月16日にはフジテレビ系ドラマ『トランジットガールズ』のテーマソングにもなった『Prom Night』をリリース。2016年2月、Dragon Ash Tour 2016 "The Lives" DA ワンマンツアー決定。詳しくはこちら。