写真家 千田 慎二 Official -30ページ目

写真家 千田 慎二 Official

尊い一瞬を大切にちいさな幸せを感じ人間らしく生き心癒す写真をNikon+Nikkorを通してお届けします。   岩手 / 水沢     













後藤 新平(ごとう しんぺい) [1857-1929]






岩手県奥州市水沢出身の後藤新平は、須賀川医学校卒業後、内務省衛生局・台湾民政局長・初代満鉄総裁・鉄道院総裁・東京市長などを歴任し、数多くの分野で業績を残しています。関東大震災後の復興にまつわるエピソードは、東日本大震災以後、多くの新聞・雑誌で取り上げられました。



1923年(大正12)9月1日、関東大震災が発生。被害は1府6県に及び、被災者340万人、死者・負傷者・行方不明者あわせて15万人以上にものぼる大災害でした。


焼け野原と化した東京を目の当たりにした後藤は、すべての行きがかりを投げ打って入閣し、東京復興の大役を担うことを決心します。



この震災を理想的新都建設の好機と考えた後藤は、「復興は単に一都市の問題ではなく、日本の発展、国民生活の根本問題」、「地震は何度もくる。今後、大きな被害を出さないため、公園と道路をつくる」との信念に基づき、復興に関する国・自治体の権限全てを集約した特設機関・帝都復興省の設立や、41億円復興計画などを立案しました。



復興省案は閣議で否決されましたが、妥協案として他省と同格の帝都復興院が設立されることとなり、後藤は内相兼復興院総裁となります。予算も大蔵省との折衝の過程で徐々に縮小し、最終的に6億円余りの復興計画に落ち着きましたが、大正11年の一般会計予算が約14億円だったことを考えると、この計画がどれほど破格のものであったかが分ります。










水沢公園にある松の木





まるで生きているかのような(樹木ですから勿論生きています)怪獣のような松の木。



水沢公園の桜が昨日、開花宣言し、早速昼休みに散策して来ました。



水沢公園の桜は老木が大半を占めており、虫食いの部分を修復したり、枝を下ろしたり、それでも必要があれば幹を切ります。



松の木も同様で、樹齢は100年は有に過ぎており、怪獣のような枝ぶりになった木が多いのです。



千田 慎二








春によいしれる






四季折々の風景。中でもこれから暖かくなる季節は、一番好きです。明日は3月31日年度末ですが、何かと大変な世の中です。しかし、悪いことばかりではなく、WBC優勝で盛り上がり嬉しいニュースもあります。




特に、大谷翔平選手の地元となれば、とても嬉しいですし、明日からMLB(メジャーリーグベースボール)のエンゼルス戦が始まります。




今朝は、快晴でとても気持ちのよい朝を迎えました。それぞれに楽しみがなければ今の時代を駆け抜ける事が困難です。




千田 慎二












霧中の樹冠




記録的な早さで桜の開花宣言があった昨日。



最低気温が1℃とまだまだ寒い朝



北上川沿いの雑木林は川から霧が発生し水温より気温が低い事の証明です。





千田 慎二














北上山地の手前にある北上川が朝の光を浴びて輝いています。


水沢から見える北上山地は西の奥羽山脈とは違い高い山はなく、奥行きのある山地です。


水沢からへ北上山地を越えると丁度、陸前高田市や大船渡市です。佐々木朗希投手の地元となります。


水沢は大谷翔平選手、もう1人は菊池雄星投手と岩手は偶然か否か3人もの誰もが知るメジャーリーガーやWBC出場の野球選手の出身地です。





千田 慎二