東京藝大学園祭 神輿担ぎで足を痛めた姪 | 写真家 千田 慎二 Official

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尊い一瞬を大切にちいさな幸せを感じ人間らしく生き心癒す写真をNikon+Nikkorを通してお届けします。   岩手 / 水沢     




先日、週末に東京藝大の学園祭が
ありました。


私の姪は、はんてんを自作して
神輿担ぎをしたそうです。


神輿は、相当デカイ!
ですが、すべて発泡スチロール製


馴れない神輿担ぎで、足を痛めたらしく
整形外科へ。



まぁ、大した事がなくて安心!
湿布と痛み止めで済みそうです。



ニ浪して藝大に合格した姪の作品は
確かに、個性豊かな想像力で
目を見張るものがありますが、


普通、粗削りなどと表現されます。
粗削りなら、将来性があることの証しと
考えます。


本人が毎日、毎日少しずつ削り、
やがては、ササクレも平滑になり
輝きを増してきます。


合格を目指してのニ年間は本人にとっては
むしろ、良い経験を積んで知識や実力を
作品に対して人に魅せる技をも勉強した貴重な時だったに違いないです。






本人の藝大入学までのニ年間の感想
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「考えて感じたこと 感じて考えたこと」

すいどーばたでの2年間と合格までを言葉で言い表すのはとても難しいです。それくらい濃い時間でした。

無理にたとえるなら、飛行機の窓から見る景色は変わらないようでいてしっかり流れていて、気づいたら目的地についていた、そんな感覚です。

一浪目、受験生だからと頑なにやらなかったことがたくさんあり、こうでないとダメだという固定観念に縛られ、いま思うと固かったなと感じます。

二浪目はむしろ逆で、半ば諦めながら好きなことを躊躇わずにしました。そこではじめて気づいたことがあります。
それは、自分は考えて慎重派なくせに、本当に大事なことは感覚で決めがちだということです。

いま思うとすいどーばたにきた理由もフィーリングかもしれません。

試験当日も考えることを放棄していました。しかしそれは、思考という裏付けがあっての上で、です。

課題がうまくいかずに脳が凝り固まった時、日常から離れてみる。すると、感覚が研ぎ澄まされていきました。

映画を見たり、本物の作品に触れたり、友達や先生とコミュニケーションをとることは何よりも1番の糧になっていた気がします。

考えすぎた一浪目、感覚で半ば諦めながらやった二浪目、その2つの均衡が取れて目的地に辿り着けたのかもしれません。

どばたで出会った方々に感謝してもし尽くせません。それくらいどばたの日々はわたしに刺激を与えてくれました。

2年間本当にありがとうございました。最高でした。