古代の日本人は神に対して


2種類の態度を


区別していたそうです。

 


  いつく

①『斎く』



  おろがむ

②『拝む』





辞書で調べると


①斎く=心身を清めて神に仕える事。


②拝む=神仏などに頭を下げて祈る事。





①『斎く』について


 いつく      いつく

『斎く』 = 『五作る』



言霊では


人間は五段階の心の変化



ウ(欲望)

オ(経験)

ア(感情)

エ(実践智)

イ(創造意思)


の並びで成長していきます。



五段階の心の次元をしっかりと


認識して自覚し、


心がどのように動くのか


熟知していたら、


どんな問題にも対処できます。



五つを自覚する事を


『斎く』 = 『五作る』 = 『聖』


と名付けました。






次は


②『拝む』について



現在、


人は物事を考える時、



欲のままに振る舞うのか(ウ)



過去の経験値に頼るのか(オ)



感情のままに任せるのか(ア)



この3つの中の


どれかの次元を選んでいます。




崇神天皇によって


言霊の原理を隠す政策をしたため、


生きた聖(霊知り)が


次第にこの世から


いなくなっていきました。



そのため、


生命を支配する法則(イ)と


その運用法である実践智(エ)の


自覚を失ってしまったのです。



その結果、


神社に神がいるものとして、


頭を下げ、安全祈願や


願い事を求める以外に


方法がなくなりました。



この事を『拝む』といいます。



おろがむ       おろか

拝む   =   愚か



の語源は同じです。



『拝む』は神に対して


愚か者のとる


態度だそうです。




いつまでも


神様とした外側を


拝むのではなく、


生命の創造意思の法則を


自分の中に自覚しなければ


いけないということです。





すべての人に気付きがありますように…キラキラ