一進一退の母・・・
血管れん縮のせいなのか、言ってる事がたまにおかしい
同じ質問を毎日、先生が来て母に尋ねる
『名前は?歳は?これは何?(先生は必ず眼鏡を外して見せる)』
手術後すぐの時は答えられていたのに、日に日に答えられなくなって
必死に答えようと口は開けるのに言葉が出ない
そのうち、首をかしげ、笑顔でうんうんうなずくだけ・・・
最初の頃、毎日毎日の事で、母は途中 私達に文句を言ってました
『もういやや!毎朝、先生が4~5人やって来てベッドを取り囲んで
じーっと人の事見て同じ質問をする!毎日やで!毎日!!
』
(そら、イヤやわな~!でもな、しゃーないねん
頑張りやお母ちゃん!)
意識がまだはっきりしていた頃の母には
バカを見るように扱われていると辛かったんでしょう
(気持ちは痛いほどわかるでっ
)
記憶がとてもはっきりしていて普通に話す時もあるし・・・
母はもともと人の話をあまり聞かない、こっちが話しかけても答えないで、
自分の言いたいことだけを言う(わがまま?)なところがありました
その都度、家族みんなに『おいっっ
』って、つっ込まれて
『はっはっはっ!そうか!
』って笑う母でした
だから、家族はみんな半信半疑でした
『いつもの感じやん
わがままで答えたくないから答えへんのんちゃうん?
いや、いつものように人の話聞いてへんだけちゃうのん
』
孫達にまで『おばあちゃん!前と一緒やん!変わってないやん!
』
って言われてました
食欲が全然なかった母に食べさせる為、ずっと傍について
ヤイヤイ言いながら根気良く食べさせた父・・・そのおかげかな?
とうとう点滴が全てとれる時がきた![]()
母も ものすごく喜んでいた
(自分は良くなっている!帰れるんだ!と母は思っていたのだろう)
そしてなにより 歩く気力が急に出てきて
自分から進んでリハビリするようになった
(普段から家に帰りたい、帰りたいと言っていた母の願いが一歩近づいた)
そう 思っていた・・・この時は!
この後、ご家族に話がありますのでと呼ばれて話しを聞くまでは・・・