突然、母が倒れた・・・くも膜下出血10 | 明日晴れるかな

明日晴れるかな

I hope it's sunny tomorrow.
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一進一退の母・・・


血管れん縮のせいなのか、言ってる事がたまにおかしい

同じ質問を毎日、先生が来て母に尋ねる


『名前は?歳は?これは何?(先生は必ず眼鏡を外して見せる)』


手術後すぐの時は答えられていたのに、日に日に答えられなくなって

必死に答えようと口は開けるのに言葉が出ない

そのうち、首をかしげ、笑顔でうんうんうなずくだけ・・・かなし


最初の頃、毎日毎日の事で、母は途中 私達に文句を言ってました


『もういやや!毎朝、先生が4~5人やって来てベッドを取り囲んで

じーっと人の事見て同じ質問をする!毎日やで!毎日!!怒る

(そら、イヤやわな~!でもな、しゃーないねん水滴頑張りやお母ちゃん!)


意識がまだはっきりしていた頃の母には

バカを見るように扱われていると辛かったんでしょう

(気持ちは痛いほどわかるでっ泣


記憶がとてもはっきりしていて普通に話す時もあるし・・・



母はもともと人の話をあまり聞かない、こっちが話しかけても答えないで、

自分の言いたいことだけを言う(わがまま?)なところがありました

その都度、家族みんなに『おいっっあたふたって、つっ込まれて

『はっはっはっ!そうか!がははって笑う母でした


だから、家族はみんな半信半疑でした


『いつもの感じやん!わがままで答えたくないから答えへんのんちゃうん?

いや、いつものように人の話聞いてへんだけちゃうのん?


孫達にまで『おばあちゃん!前と一緒やん!変わってないやん!にっこり

って言われてました



食欲が全然なかった母に食べさせる為、ずっと傍について

ヤイヤイ言いながら根気良く食べさせた父・・・そのおかげかな?


とうとう点滴が全てとれる時がきたびっくり

母も ものすごく喜んでいたハート

(自分は良くなっている!帰れるんだ!と母は思っていたのだろう)


そしてなにより 歩く気力が急に出てきて

自分から進んでリハビリするようになった?

(普段から家に帰りたい、帰りたいと言っていた母の願いが一歩近づいた)



そう 思っていた・・・この時は!

この後、ご家族に話がありますのでと呼ばれて話しを聞くまでは・・・