ダックスフンド、チワワ、etc.
本当に可愛いですよね。
でも、僕、小型犬が地味にトラウマなんです。
あれは小学生の頃の話です。
僕はとある友達の家に遊びに行ったのです。
その友達は、なんとポメラニアンを飼ってたんですよ。
それで、僕は
「かわいいー! 撫でさせてー!!><」
と頭を撫でようとしたんです。
その瞬間、、、
指を噛まれました。
がぢがちと。
がりがりと。
超噛まれました。
痛さ的には、それでも小型犬なのそこまで痛くはなかったんですけど、驚きやらショックやらで想定以上に痛くて。。。
それ以来小型犬を見ると遠くから愛でるようになりました(笑)
ところで、あなたは「逃げる」という行為をどのようにお考えですか?
弱虫、意気地なし、負け犬、etc.
あまり良いイメージをお持ちじゃないと思うんです。
極端なことを言えば、『逃げる=悪』だと思っていませんか?
「どんなに辛くても問題に立ち向かえ」
「ここで歯を食いしばれば輝かし未来が待ってる」
「今耐えたら、これが後で自分のためになる」
そう思っていませんか?
僕に言わせれば、それは表面的な良いイメージをただ盲信しているにすぎません。
確かに、人生には辛い中、歯を食いしばって立ち向かわなくちゃならない場面があります。
そして、それを乗り越えたのならば、必ずやあなたの将来に最高の影響を及ぼすでしょう。
でもですよ。
その結果、心をぶっ壊したらどうなりますか?
僕は耐えてきました。
歯を食いしばってきました。
死にそうになりながら努力しました。
そして。
僕は高校二年生の夏に、心が完膚なきまでにぶっ壊れたのです。
本当に、比喩もなしに、心が崩壊して行く音を僕は耳にしました。
その瞬間確かに永井公久は死んだんです。
辛いのに耐え、絶えず努力を繰り返し、そしてそれを乗り越える事は素晴らしいことです。
乗り越えるために努力することは、最高に美しく、尊い。
でも、、、
軋む心を無視して努力した結果、心が壊れた瞬間、あなたは社会から消え失せます。
心が壊れたら、簡単にすぐに戻れるわけじゃありません。
ベッドの上から一歩も出れなくなるのです。
希望も生きる気力も、がんばろうという意志すら消え失せるのです。
僕は今こうして社会になんとか復帰していますが、それでも完全ではありません。
今でも人と会話してたり文章を読んでいても、ほんの些細なことすら理解できません。
ほんの些細な人間関係のもつれから、あの地獄の日々に戻りかけたことが、たった一年で3度もありました。
何故、僕が
一つ前の記事で偉そうな事を言っておいて、一週間以上もブログを更新しなかったと思いますか?
それは、僕がこのブログから逃げていたからです。
サークルで現在行っている、大詰めに迫った小さなプロジェクトに追われ、その人間関係に頭を悩ませ、またバイトで肉体労働していたのです。
がんばり続けられない人間が、1日の24時間じゃ足りない生活をしていたのです。
僕はあっという間に、部屋に閉じこもる二歩手前まで陥ったのです。
だから僕は逃げたのです。
そして、
自分の体調の相談し、休み、またこの場に戻ってきたのです。
それでいいんです。
逃げて、休んで、もう一度やれば。
だからこそ、僕は断言します。
あなたは逃げてもいい。
すべてを背負い込まなくてもいい。
それでいいんです。
社会にはあなたの代わりになる人間なんて、ごまんと存在しているのです。
あなたなんていてもいなくても変わらないんです。
でもですよ。
あなたには、あなたを特別に思っている人が絶対に存在しています。
例えば、あなたの家族。
例えば、あなたの恋人。
例えば、あなたの親友。
彼ら彼女らにとっては、あなたはそこに存在していなくてはならない存在なのです。
彼ら彼女が呼吸をするように、あなたの存在が大切なのです。
だから、
もうダメだと思ったら投げ出してください。
思う存分弱音を吐いてください。
辛くて苦しいと喚いてください。
周りに助けを求めてください。
逃げてください。
あなたにとって大切な、そしてあなたを大切だと思ってくれる人が、必ずあなたを救ってくれます。
逃げることは『甘え』じゃない。
逃げ出すことは『悪』じゃない。
逃げると言う事は、その場所を移動すると言う事です。歩くと言う事です。
その場でただ耐えているだけでは、一歩も移動していません。
後ろに数歩下がってなにが悪い。
大きく遠回りをしてなにが悪い。
移動もしない人間よりも、僕はその方が尊いと思う。
だから、心が軋むほど辛いのならば、逃げてください。
あなたは逃げてもいいんです。
そして、またあなたのペースで戻ってくればいいんです。