上司からのリストラ宣告を受けて一週間後、私は会社を辞めた。
何も抵抗しなかったし、する気も起きなかった。
その足で、とある小さな会社の事務所へ向かった。私がリストラした元部下、27歳の彼がここで働いていると、誰からか聞いていた。
何をするわけでも、会おうとも思ってないが、行かなければならない気がしていた。
事務所は、やけに殺風景でこじんまりとしている。事務服の女性と数名のスーツの男たち、彼らの倍ほどの作業着の従業員たちが何かの機械を動かしているのが見える。
そのなかでもひときわ、黙々と作業を見張っている若い男。彼だ。
一瞬、目が合った気がして、私は逃げるように立ち去った。
しかし、部下だったころのやる気に満ちた活き活きした眼、がむしゃらな姿勢‥、は影も形もなくなっていた。色を失った眼、積極性が無く、目の前の仕事にただ動かされているように見えた。
こんなふうに、私がしたのだ。一人の人間の人生を弄んだ。
そう思った瞬間、罪の意識に駆られた。何かを叫ばずにはいられず、発狂しそうなくらい、涙が溢れ出た。
そのときだ。後ろから声がした。
――愛情が強いほど、裏切られたときの嫌悪は同じくらい強くなる。だが時が経てば、嫌悪は再び愛情へと転じる力強さを持っているものだ。
振り向いた先にある姿は、「眼鏡のようなもの」を掛けて、私をまっすぐな眼差しで見ている。男のようであり女のようでもある。中性的な感じがした。だが、そんなことはどうでもいい。
なぜだか、私を救ってくれるような気がした。
何もかも見透かしたように、そいつは続ける。
――時間をかけて許されていくのだ。
そいつの声は、高くも低くもない。深海でゆっくり、静かに、長い年月をかけて研磨された状態で放たれたかのような、声質だ。
「許される」。
そのシンプルな言葉が心を落ち着かせる。
私の口からは決して言うことが許されないその言葉を、誰かに言ってもらいたかったのだ。
時間をかけて、一生をかけて私は、許されていかなければならない。あのとき彼を切った本当の理由を、いつか彼が分かってくれるときまで。
そのときを待って初めて、私が私自身を許すことができるのだ。
(終わり)
何も抵抗しなかったし、する気も起きなかった。
その足で、とある小さな会社の事務所へ向かった。私がリストラした元部下、27歳の彼がここで働いていると、誰からか聞いていた。
何をするわけでも、会おうとも思ってないが、行かなければならない気がしていた。
事務所は、やけに殺風景でこじんまりとしている。事務服の女性と数名のスーツの男たち、彼らの倍ほどの作業着の従業員たちが何かの機械を動かしているのが見える。
そのなかでもひときわ、黙々と作業を見張っている若い男。彼だ。
一瞬、目が合った気がして、私は逃げるように立ち去った。
しかし、部下だったころのやる気に満ちた活き活きした眼、がむしゃらな姿勢‥、は影も形もなくなっていた。色を失った眼、積極性が無く、目の前の仕事にただ動かされているように見えた。
こんなふうに、私がしたのだ。一人の人間の人生を弄んだ。
そう思った瞬間、罪の意識に駆られた。何かを叫ばずにはいられず、発狂しそうなくらい、涙が溢れ出た。
そのときだ。後ろから声がした。
――愛情が強いほど、裏切られたときの嫌悪は同じくらい強くなる。だが時が経てば、嫌悪は再び愛情へと転じる力強さを持っているものだ。
振り向いた先にある姿は、「眼鏡のようなもの」を掛けて、私をまっすぐな眼差しで見ている。男のようであり女のようでもある。中性的な感じがした。だが、そんなことはどうでもいい。
なぜだか、私を救ってくれるような気がした。
何もかも見透かしたように、そいつは続ける。
――時間をかけて許されていくのだ。
そいつの声は、高くも低くもない。深海でゆっくり、静かに、長い年月をかけて研磨された状態で放たれたかのような、声質だ。
「許される」。
そのシンプルな言葉が心を落ち着かせる。
私の口からは決して言うことが許されないその言葉を、誰かに言ってもらいたかったのだ。
時間をかけて、一生をかけて私は、許されていかなければならない。あのとき彼を切った本当の理由を、いつか彼が分かってくれるときまで。
そのときを待って初めて、私が私自身を許すことができるのだ。
(終わり)