転職を本格的に考え出したのはここ1ヶ月くらいだ。
いよいよ本気になったのは、ついここ一週間ほどの出来事だろう。
仕事へのやる気が全くなくなってしまった。
思えば思うほど、あぁ、無駄な時間を過ごしている、と思ってしまう。
昔から一瞬一瞬を全力で生きてきた私にとって、
終わりが見えているものを継続するのは、至極苦しい事だ。
仕事を任せてもらっているのに、
お金を貰っているのに、
とんだ給料泥棒だ。
我慢せねばならぬ。
さて、これからの面接にしろ、現職の退職にしろ、なぜ書きたいのかを伝えなくてはいけない。
今の労働が厳しいから、楽な方に逃げたのだ、
そう思われたくはない。
ただ、クリエイティブなものほど
その情熱を客観的に伝えるのは難しい。
"文章"を読むのが好き
そう思う人はあまり多くない。
本を読む際、ストーリーを楽しむのではなく、その表現力や、筆者の思想を楽しむ。
だから現代小説よりも、近代の私小説など独白的な作品を好むのだ。
太宰治の小説に、「畜犬談」という話がある。
犬は畜生だから、人間の理性が通じない獰猛な獣であると、毛嫌ってきた主人公。
ひょんなことから犬を飼うことになり、恐怖から丁重に飼ってやっていたが、犬が悪い病気を貰い、それに自宅の引っ越しの予定も出来たため、ついに毒殺を決意する。
しかし、いつしか愛情が芽生えており、毒が効かずに死に切れなかった犬を連れて戻る。
そんなストーリーである。
恐らくこれが一般的なあらすじと言われるもの。
社会人だと
作品名:畜犬談
概要:犬嫌いの主人公が、思いがけなく犬を飼い、その生活を通して、愛情を抱くようになるという物語。
といったところだろう。
実際の太宰は、というと、犬への憎悪に対し、
ただ殺すだけでは足りず、その眼球をえぐり出してぐしゃぐしゃに噛み潰し、ぺっと吐き捨てる。
それくらいの憎悪だという。
抜粋した文章があまりに強烈なので
よもやイタイ子と思われそうだが、そうでは無い。
胸に渦巻く憎悪を、このような文章表現が出来ることが素晴らしいのである。
社会人になり、すべてのことに対して
感情や表現を削ぎ落とし、ただただ客観的に、骨だけを報告してきた。
それはやはり私の持っている考えとは違うのだ。
思想、一人間としての思いを伝えたい。
それが、この仕事ではないのです。
私は自分の思いを、世の中に伝えたい。