なんとHamburgからの飛行機が2時間遅れショック! カウンターへ行くと「イスタンブールの乗り継ぎに間に合いませんからイスタンブールで1泊してください」と。
「はぁ~、日本で過ごせる貴重な1日が減るやん叫び」と私たちのイラつきが通じたのか、イスタンブールまではビジネスにアップブレードで現地へ着くなり「走れー。今走れば間に合うから!」と超ダッシュで乗り口へと急かされなんとか間に合ったクラッカー
聞けばこの日本行きへの飛行機も大幅に遅れていたそうで。。。
運よく間に合い日本行きのエコノミーの席がせまく感じつつも乗れたので日本へ旅立った。
あの騒ぎはなんだったんだろうねー、一度ビジネスを味わってしまうとエコノミー辛いねと相方をごちてました。
でも無事についてよかったー。

日本へついて向かった先は四国は徳島県。
結婚して初めて両家のご先祖様に私の夫を紹介するとともに、ご先祖様のお墓参りと親戚のおじさんの
47回忌に行けなかったので実家を訪問した。ドイツに生活し一番辛いことと言えば、大好きな人たちに年に一度程度しか会えなくなってしまったこと。親戚の死に目に会えないこと。
どう頑張っても日本までは行くのには1日かかってしまう。

田舎へ帰ると親戚のおばさんとうちの両親の会話で「誰が死んだ」が中心の話題。
不謹慎だけれども両親の年代にもなってくるとこの手の会話が多くされるようになってくるみたいだ。
母方の祖父母は健在で、今回も温かく迎えてくれたんだけれどもそれもあと数年だろう。
帰れるうちは出来るだけ多く日本へ帰国し祖父母や愛する家族をたずねたいと思う。
自分の人生を形作るのは周りにいる人たちのおかげなのだから。

個人的な思い入れとは別に、皆さんに徳島県をマストゴーの土地として紹介したい。
ドイツとも関係の深い都市で、徳島の自然は世界に誇れるすばらしいものだから。
鳴門海峡大橋を渡ったら、まず四国お遍路さんの1番所のある土地を目指してください。
ここにはバルトの学園が撮影されたドイツ村があります。
実際ここで生活したドイツ人の直筆の手紙や当時の交流の内容が見られます。



Das Leben in Deutschland
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