二人とも裸であったが恥ずかしいとは思わなかった。創世記
人間には様々な欲求があります。
大別するとおよそ2つになります。
社会的に成功したいという欲求、お金持ちになりたいという欲求
健康でいたいという欲求、
このような人間の理性的なものの欲求
他には、お腹が空いたら美味しいものを食べたいという欲求
疲れたら休みたいという欲求
生命の根幹に関わる欲求
本能的な欲求があります。
性欲はこの生命の根幹に関わる欲求です。
生きようとする本能、子孫を残し命を繋いでいこうとする始源的欲求、生物にには皆備わっている本能です。
このように考えていくと
修行で性欲を無くすとか、無くしてしまって清らかになるとか、そういうことはまず不可能です。
性欲は人間の生きようとする本能なのですから
子孫を残し命を繋いでいこうという全ての生き物にある生存本能なのですから。
それならなぜ、性行為に恥の感情が湧くのでしょうか?
子孫を残し命を繋いでいこうとする正当な行為なのに何故「恥」の感情など持つのでしょうか?
冒頭に書いた言葉のように断罪される前の人祖には恥の感情がなかったのです。
性交時の恥の感情は、
「人間の自然本姓が罪の罰を受けているにほかならない」と言えるのです。