2011年5月11日、日本で公開された「ブラック・スワン」がテレビで放映されていたので、録画し再観致しました。
あまりにも辛すぎる内容で、再観はできないのではないかと感じていた映画でした。
劇場で観た際の自分が、まるでこの主人公に重なるように緊迫した状況に居たことも再観を恐れていた理由だったかもしれません。
あれからの数年という時間は、この映画を受け入れるまでの力を私に戻してくれました。その喜びを実感しつつ再生ボタンを押したのです。
日本語吹き替えの映画になっていましたが、全てのシーンが鮮明に記憶に残っておりました。
張り詰めるナタリー・ポートマン演ずるニナ役に引きずられ、自分の神経までが強い緊迫感に包まれます。
その所為か、一時に観る疲労感を危惧し、何回かに分けて観ることに致しました。
最後、幻覚の中自分をガラスの破片で刺していたニナは、ラストの白鳥を見事に踊りきり、ラストシーン、白鳥が崖から飛び降りて自ら命を絶つ場面は、劇場で観た時と同じ安堵感でした。
ニナに 「これで終わったわ、やっと解放されたのね」 と、思わず声をかけたくなるシーンです。
あの頃も、死による開放を実感したのでした。
明らかに当時とは自分の状況が違っているので、どのように自分が違う受け止め方で観るものかと、それも楽しみに鑑賞したのです。
しかし、ほとんど同じであったと感じました。
それは映画の優れた完成度にあるのでしょう。
観る自分の状況に係わらず、同じ気持ちに鑑賞できる映画「ブラック・スワン」に改めて感心致しました。
ニナが黒鳥になって踊るシーンで、ニナの腕に黒鳥の羽根が次第に生じ、最後は見事な羽根になっているのです。
それは観客から観ての描写なのでしょう。
横道にそれますがそのシーンで、ある方の言葉を思い出しました。
華やかな衣装でシャンソンを歌った若い歌手に、ある女性が語った言葉です。
「シャンソンは人生を歌うもの、人の人生には様々な色があるのよ。有名なシャンソン歌手は黒い衣装を着け、歌で人生の色を出すものよ。あなたも成長してそうなってね」
傍で聴いていた私の奥深く入って来た言葉でした。
映画の中のニナは、それを見事にやってのけたのです。
観客はニナではなく、白鳥と黒鳥を見たのでした。