「紗穂さんなら、凶器を簡単に片付けるし、白柳教授を陥れる行動も取るでしょう。
「白柳教授も彼女の計画通り、現場から逃げました。
「しかし、ここで特別な人物が現れました。」
やなが言い出すまでもない。
白土由起夫のことだ。

「もし白土由起夫は事件のことを何も知らないなら、白柳教授を演じるのでしょうか?
「しないでしょう。
「それどころか、紗穂さんと白柳教授の証言と一致する内容を語ることもできないのでしょう。
「つまり、事件が起こってた時、由起夫さんはすべてを見てきました。」
徹は由起夫の証言を思い出す。
犯人を知ってると。
「さて問題です。もし彼は本当の犯人を知ってるなら、どうして言わないのでしょう。
「紗穂さんと波彩さんの前で、あえて自分は犯人の正体を知ってると言うのも、白柳教授に仮装してるのがバレされないように。
「乃瑠が私を誘拐したことを、由起夫さんは知らなかった、研究所内部の事件だと思っています。
「もし本当にそれだけだとしたら、事件の調査はどう進みます?
「おそらく『白土由起夫は裁きを恐れて逃げた』と、白土由起夫を指名手配するのでしょう。
「すなわち、由起夫は紗穂小姐を助ける、そして白柳教授の名声を救うために、そうしたのです。」

「待ってください!やなさんの言う通り、黒駒紗穂が黒須教授を殺した犯人だとしたら、動機は何?」
「それは僕が言おう。」
綿は座り方を整う。
やながここまで推理して、説明するとは思わなかったので、やなの復帰の前兆かもしれないと思い、綿は少し興奮した。
「黒須教授は鋭いものに...ここだと、まぁガラスだろう。」
「海藻培養に使ってるグラスってこと?」
「ああ。証言では、廊下に水があるだろう?」
「黒駒紗穂と白土由起夫からは言ってなかった。言ったのは白柳惠弦だけ。」
「じゃあこれはさておき、黒須教授の傷ならどう。海水の成分が残ってるだろ?」
「確かに、ひとつの証拠になれる。」
「誰かが海藻培養の容器を割った、そして犯人はガラスの欠片で黒須教授を殺した、ここまでは?」
「大丈夫。」
「やなの仮定だと、ガラスの欠片で黒須教授を殺したのが紗穂さんだが、問題はそのガラスの容器はどこの容器だ。」
「黒須教授の研究室じゃないの?近いだし。」
「接待室で人を殺す紗穂さんは、わざわざ向こうの部屋に行って、ガラスの欠片を持ってくるの?」
「それは...しない。」
「そう、紗穂さんは欠片を持って、接待室に入った。しかし、もし紗穂さんが先に容器を割ったら、黒須教授に警戒されやすいし、人殺しも出来なくなる。」
「ということは...?」
「ガラスを割ったのは紗穂さんではなく、黒須教授だ。」

「彼がガラスを割った?何のために?」
「まず、それはどこのガラスなのかを考えよう。」
「そりゃ白柳教授の実験室だろ!じゃなくても、彼の生徒の研究室だろう。」
「ほう?なんで?」
「白柳教授は成果を出したし、お前みたいに結構有名な大物まで呼んだから、黒須には眩しすぎただろう。」
「そこはわかってるんだ。白柳教授の証言に合わせて、黒須教授が白柳教授の海藻の培養容器を割ったと推測できた。」
「だけどさ、それじゃ白柳教授の方が動機があるのでは?」
「そうでもないだろう。紗穂さんは言った、黒須教授にかなり憧れていると。そんな彼女が黒須教授の行為を見つけたとしたら?」
「それだけで...!?」
「それだけで...か。黒須教授の行為は、研究を尊敬してない、そして自分の負けを示す行為だと思う。」
「自分には出来ない...とか?」
綿は頷いた。
「紗穂さんにとって、こっちの方が受け入れなかったのだろう。」

徹の説得で、黒駒紗穂と黒須時夜は殺人を認め、灰野波彩は共犯者、白土由起夫は公務執行妨害、白柳惠弦は公務員に偽証で逮捕された。
「二年...か。」
白柳惠弦は研究成果が無になったと知ったあと、改めて海藻を培養しても、二年かかると言った。
二年後は、やなが大学を卒業する時間でもある。
「綿、私は大丈夫だ。」
「ダメだ。また今日みたいになったらどうする?」
「怖かったの?」
「...死者に同じ服を着てるのを見たら、もう思考ができなくなった。」
「お守りも取られちゃったからな。」
「やな...」
「今回は、心配を覚えたね。」
「昔みたいに、『愛』を覚えた方がよかった。」
「君はもう卒業だろう。」
やなは微笑んだが、綿は微笑んでいなかった。
もう、笑い合えないと気付いたから。