黒須の接待室に入った徹は、自分の鼻を疑う。
どうしても、血の匂いしか嗅げないから。
「ドンドン」
徹は振り向き、ドアの方を見る。
ノックしたのは彼の有能な部下、桜内警官。
「櫻內か。どうした?」
「はい。法医の診断と証拠の調査報告が出ました。お目を通してください。」
「...大丈夫、君が読めばいい。死因はなんだ?」
「頸動脈が切られて、出血過多で死にました。」
「傷口は?」
「鋭い何かに切られました。しかし、傷口のところに、特別な物質が残りました。」
桜内はとなりの波彩を見て、そして読まずに、報告書を徹に見せた。
傷口から、海水の成分が見つかった。
海藻を研究してる、北海道室蘭臨海実験所の事件にとって、もっとも相応しい手係りになった。
「...わかった。失血過多なら、ここが殺人現場だろう。」
「しかし先輩、ここでは殺人用の道具が見当たりません。」
「当たり前でしょ。殺人犯が処分したのだろう。」
徹としては、すでに心当たりがあった。
この実験所に詳しく、そして殺人道具を簡単に処分できる犯人は、間違いなくこの実験所のメンバーの一人。
そして今、唯一把握できないのが、白土由起夫。

「...灰野さん、黒須教授は海藻と染料の研究をしてると言いましたよね?でもこのあたりの本は...?」
「はい。黒須教授は染料になれる海藻を探してはいるが、それだけじゃなく、衣服まで全部海藻で作ることを求めています。」
「だから服を作る本がいますか。」
「はい。しかし残念ながら、染料は作り上げましたが、今のところ、その染料に合う服を作れる海藻が見つかっていませんでした。」
徹は黒須の接待室を改めて見る。
きれいに片付けているところから、抜け目なし、そして自分には厳しい人だと想像できる。
「...その証人の女の子が確か、黒須教授の生徒ですよね?」
「はい。名前は黒駒紗穂です。」
「桜内、黒駒さんに伝って。一階のミーティングルームに来てもらうと。ちょっと質問したいことがある。」

電車で。
綿に協力してもらった白柳は、乃瑠に許可を出して、電車を発車させた。
そして彼らも少しずつ目的地、北海道室蘭に近づく。
「あと三十分ほど、室蘭に辿ります。」
乃瑠は細い声で言った。
そして、調査しに行った警官たちも、徐々戻ってきた。
「たくさんの乗客から、この女の子は車掌に席まで協力させていました。」
「すでに失明してる...か。」
白柳は考えているように言う。
「わかった。まずは室蘭でそこのチームと合流する。」
「はい!」
白柳が「そこのチーム」と言ったとき、綿は徹のことを思い出す。
感情をすぐ顔に出すあのバカ長も、やっと自分の感情を隠せたのか。
しかしすぐに、綿はやなのことで悩んでる。
その死体がやなじゃなかったとしたら、やなは一体どこにいるのだろう?

黒駒紗穂を見てる徹は不意に嘆く。
教師の一挙手一投足は知らないうちに、生徒に影響してしまうと。
黒駒紗穂の着こなしから、喋り方、座る姿まで、不思議なくらい穏やかでいた。
少し若い気配が残る大学生とかじゃなく、すでに大人の女性に見える。
そしてその気質は、黒須の接待室の雰囲気と、まったく一致してる。
「君が黒駒紗穂ですか?」
「はい。」
「今日起きたことを説明してもいいですか?」
「はい。今朝、私は用事があるため、昼頃に実験所についた。灰野さんと挨拶したあと、私は二階に行って、そして白柳さんが、黒須さんの接待室の前に立ってるところを見かけました。」
「ドアは開けていますか?」
「半分くらいです。白柳さんが私を気付いた時、彼は少しドアを閉めましたが、全部閉めたわけじゃありませんでした。」
「...彼を見かけたとき、何が言いましたか?」
「黒須さんを探してるのか、彼はすでに接待室にいたはずだから、接待室の前でうろうろする必要はないと言いました。」
「なんで黒須教授がすでに来たのを知っていますか?」
「黒須さんの車を見かけました。それに、灰野さんに挨拶したとき、黒須さんはもう来た、怒られるよと、からかわれました。黒須さんは時間に厳しいから。」
「なるほど。この時の白柳は胡散臭いわけですね?」
「はい。それに、私がそう言ったとき、白柳さんの目が逸らしました、この質問を避けてるみたいに。誰も普通におかしいと思いません?だから私は覗いて、そしたら、黒須さんが倒れたところを見ました。」
「白柳教授の反応はどうでしたか?」
「...恥ずかしいが、私は黒須さんのことをとても尊敬していますので、彼が殺されたところを見て、かなり衝撃を受けて、白柳さんに『殺人犯』みたいな言葉を叫びました。灰野さんに警察と救急車を呼んでもらったあと、私は再び二階に行った時、白柳さんはすでに研究室に戻りました。」
すこし時間が経ったが、事件の経緯を語る紗穂は、とても不安な顔をした。