ボクの生まれた街では、マクドナルドのことをマクドとは言わないが、アイスコーヒーのことは冷コー、と呼んでいた記憶がある。それは文化圏が混乱しているというような高尚な話ではなく、TVを経由して文化を受け入れる比較的若い年代は東京文化圏の言葉に馴染み、もっと年代が上の人たちは人づてに伝えられる文化に馴染むので、空間的に近い関西系の言葉に影響を受けているんだろうと思う。


まあ、そんなことはともかく、マックの値段が全国一律でなはないという記事を見て、思わずそばにいたユウちゃんに、知ってた?と聞くと、そうなんだ、と明らかに興味のなさそうな反応だったので、それ以上、会話ははずまなかったものの、ボクとしてはその境界線がどこにあるのか、とても放ってはおけない気がしたのだが、話し相手もなくこのことを考え続けるのもばかばかしくなって、途中で思考が停止した。


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ところで、ユウちゃん、今日は火曜日だよ、『Woman』なら明日だよ、と聞いたところ、何トボケてんの、賭けだよ賭けのおごり、というので、あぁ、やっぱ覚えてたか、と、ちょっと残念な気がした。

はいはい、わかりました、どうすればいいですか、と諦めて聞いたところ、大方の予想通り、ママの店でいいや、ということになった。ママが最近、先生にもあってないし、千尋先生も一緒に来れば、って言ってたよということであるが、千尋が来るとなればひとりのはずがなく、ご家族御一行様に当然なるわけで、そうなると千尋の友達とか、亭主の友達とか、子供たちそれぞれの知り合いとか、それはもうほぼ忘年会とか新年会とかのレベルのなるので、千尋は今度にするか、呼ぶなら忘年会の時期まで待って、とお願いしたところ、じゃあ、千尋先生は忘年会ということでいいや、ということで収まった。ユウちゃんにとって、一応ボクも家庭教師の先生なのだが、彼女が高校一年生のわずかの期間しか教えていないボクに対して、千尋は彼女が大学に進学するまでちゃんと教えたわけだから、それなりにちゃんとした先生だ。いずれにしても、ボクたち兄妹は、適当な家庭教師の見返りに法外なお代をいただいており、ユウちゃんのママにはひとかたならぬお世話になっているわけである。なので、ユウちゃんがママを持ち出すと何かにつけ断りにくい、ということなのである。


で、それだけ決まると、ユウちゃんはさっさと帰って行った。おかげで、ガーナ戦を観はじめたのは香川、遠藤、本田が得点したあとで、解説の誰かが、スリーバックにして動きがぎこちない、とコメントしている頃だった。


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そのあと、『おと・な・り』を久しぶりに観た。この作品の中の麻生久美子は、とても素朴で好ましい女性として描かれているから、疲れた時にはこの作品が一番いい。ただ、終盤に狭山湖の堤防のあたりが出てくるのだが、そのシーンを見るたびに、なんかもう一本、同じようなシーンでここが使われている映画を見た記憶があるんだけど、何だったかなー、と、いつも思い出せなくてイライラするとろがちょっと困っている。

でも、とにかくこの作品の中の麻生久美子はとてもいい。こういう女性がそばにいないかな、と、ついつい思ってしまうほどいい。


などと思っているうちに、なんだか今日は眠くなってきたので、もう寝よう・・・


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つづく