「来年の、どようのうしのひには、かばやきが食べられないかもしれないな」


塙圭クン(6歳)は今一つ理解できずに父親の話を聞いていた。幼稚園休みの日に、牛の日というのがあって、その日はカバを食べていたらしいが、来年は食べられないという話は、子供心に残忍でおぞましい、血の匂いのする日、としてインプットされた。


「そうね、残念だわ。年に一度くらいはかばやき食べないと、夏が乗り越えられるかしら」


色白細面の母親は幼稚園でも美人で通っている。その美しさがカバに由来するという事実を圭クンは受け止めかねていた。ひょっとすると、ママは夜、おぞましい姿に変身しているのかもしれない、そう思うと、夜、おしっこにひとりで行けそうにない。


「浜松の実家は大変だろうな。死活問題だよ、きっと」


おじいちゃんもカバの丸焼きに加担していたとは知らなかった。ひょっとすると、カバを血祭りにあげている悪の権化はおじいちゃんだったのか・・・。するといずれボクも血塗られた一族の末裔として、カバの生き血を吸う羽目になるのか・・・。


「せっかくのうしの日なのにね」


そこなんだ、ボクがいまひとつ腑に落ちないのは。牛の日になぜカバを血祭りにあげるんだろう。牛のかわりにカバか?むしろカバを手に入れるほうが難しいだろうに。いや待て。牛の日、つまり牛様を祀るために、生贄としてカバをささげる日なのかな。でもなんでカバなんだ???


「で、今年のどようのうしのひはいつだよ」


幼稚園休みの日が全部というわけでもなさそうだが、なぜ土曜日なのだろう。うちのパパはたまたま土曜日はお休みだけど、隣の凛子ちゃんちのパパはいつも土曜日は働いている。じゃあ凛子ちゃんちは誰がカバを焼くんだろう。凛子ママがひとりでやるのは大変だろうに。


「7月22日?そうか。じゃどうする?小島屋にするか?」


コジマデンキでカバも売っているなんて初耳だ。いつもゲームソフトと携帯電話のところしか見てなかったから、気づかなかったのかな。


「ダメよ贅沢は。買ってくるわよ、スーパーで」


ママはどうしてこういうつも適当なウソでごまかすんだろう。近所のヤオコーじゃ見たことないぞ!


「食べた気しないんだよな、家じゃさ。じゃあ吉野家でもいいや」


そうか、うしの日は吉野家では牛丼が出せないからカバを出すわけだな・・・ボクは絶対に食べないぞ!


『パパ、ママ、ボクはカバは絶対に食べないからね。絶対に嫌だ』抑えきれずに圭クンは涙ながらに抗議した。


「?・・・ハハハハハハ」


パパとママは大笑いし始めた。大人いつも都合が悪いと笑ってごまかす。だが、ボクはカバはいやだ。絶対にいやだーーーーーー


・・・


・・・


「牛丼と言えば、るり子さんの牛丼食べるシーンはよかったですね。きっとあれがるり子さんの『ひとり吉野家デビュー』だったんでしょうね」※詳しくは映画『モテキ』終盤あたりを確認されたい。


「まあ、彼女の世代だとぎりぎりそういう言い方がありかもね。もうちょっと世代が下がると、もはやそういう見方はできないからね。フツーに吉野家でお昼食べてる子多いし、吉野家もそういう店構えにしてきてるから、なんか面白くないわね」


「そうなんですよね。今、うまい安い早い、って言わないんじゃないですか?吉野家は。それはダメですよ。だからうな丼なんてもってのほかですよ。吉野家はよしぎゅうのみ。人生これひとつ」


「賛成!」


・・・


・・・


つづく