虎ノ門に住んでいた頃、周囲にコドモが住んでいなくて(当たり前)、お仕事中にコドモをみることも絶対にないし、
日本は、少子化ではなく、『無子化』なのではないか、とひとりで日本の未来を愁いていました。
おとなりの霞ヶ関まで、嘆願書(何の?)を提出しようかと気をもむ毎日でした。
がしかし、
実家にかえってみると、幼稚園生ちゃんたちが群れをなして、お散歩してたり。
『無子化』は杞憂だったことが判明しました。良かったです![]()
ところで、実家に、ご近所のベイビーちゃんと
パパリン&ママリンが遊びにきてくれたんですよ
ベイビーちゃんを抱っこしていたパパリンが、私に抱いてみる?と言ってくれました。
でも、落としたら怖いし、急にわーんって、泣かれたらこっちが泣いてしまいそうだし。
でも、パパリンが、大丈夫だよ、って言ってくれて、おそるおそる抱いてみたら・・・
岩のように重かった・・・
ベイビーちゃんは、ものすごく順応性が高くて、一瞬で私と仲良しになって、その後は、握手して遊んだんですけど、握力もものすごく強かった・・・
ベイビーちゃんは、まだ7ヶ月なのに、ものすごくしっかりしていて、わんわん泣くわけでもなく、キャーキャーわめくわけでもなく。やっぱり、オカアサマを守ろうとする本能が彼を強くしているのかなぁ、と思ったり。
普通のベイビーちゃんは、ママリンがいろいろと話しかけて、ママリンの言葉とともに成長していくけれど、こちらのベイビーちゃんの場合は、ママリンがお話しできないので、ぎゃ-ぎゃ-わめくこともないのかな、と思ったり。
で。
また、パパリンが、ものすごく優しそうな方でした。ママリンはノーメイクで、普段着(短パンとTシャツのようなかんじ?)でいらっしゃっていましたが、3人でとても幸せそうでした。
見かけばかりに気を遣ったり、気を遣わせたり、誰かがつくった流行に競争してのってみたり、お金持ちになりたいとか、うすっぺらい流行とか、もう、今の街にあふれているもの全て、ものすごくくだらなく感じてしまいました。
岩のように重いベイビーちゃんを抱っこして、
このコの未来は、輝かしいものなんだな、
今からなら、どうにでもなれる、
無限の可能性を感じました。
赤ちゃんを生むことは、この世に無限の可能性をもたらすこと。
わたしも赤ちゃん生みたいなー って思ってしまった。
ただ、単純に赤ちゃんがかわいいから、とか、そういうのではなくて、なんだろう?
もう、自分の可能性がなくなってきたからかな?単に年だから?
ベイビーちゃんの無限の可能性にものすごい魅力を感じてしまいました。
わたしも赤ちゃん生みたいなー。
んもーーーー!!!!
こんな時にかぎって、彼氏さえいないんだからーーーー!!!!
さすがに、お手製の彼氏 ではムリだし・・・
ね![]()
* おしまい*