こんにちは。 


一介のリーマン、


ならずとも。


主婦でもニートでもフリーターでもアルバイターでも。


私って、いったい、何してるんだろ・・・・


と思う瞬間はあるかと存じます。


人間の理想は相対的であり、自分の中でも相対的なので、どんなに気丈な方でも、自分の人生に虚無感を感じない方はいらっしゃらないのでは。


私は、人生に対する価値が、モノ や ステータス や そんなものに縛られていると、ものすごい虚無感に襲われる気がします。



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私のことをかわいがって下さるオネエサマで、ひとり、ものすごい自信が伝わってくる方がいらっしゃるんです。


オネエサマは、私よりひとまわり年上です。


自信って、別に、偉そうにされた、とか、自信満々にいろいろアドバイスしてくる、とか、私が欲しくても買えないようなものを持っていたり、そんなライフスタイルを送っているってわけではないんですよ。


オネエサマは、短卒で、お仕事も、今までアルバイターか派遣かでアシ職を。


持ち物だって、ブランドものなんて、たぶん持っていません。


ライフスタイルだって、ものすごく質素です。


相談だって、お仕事のこととか、むしろ、こちらがのって差し上げている(つもりになっている)くらいです。


でもでも、


オネエサマとお話すると、並々ならぬ自信を感じるのです。


でもでも、


オネエサマはいつも、私に対して、下から話しかけます。


- a さん (←私。ひとまわりも年下なのに、”さん”!!)


- 今日、職場で、~~~、ということがあってね。 どうすればよくなると思う ?


オネエサマと最初に出会ったのは、私が24歳の頃。


オネエサマに何でこんなに自信がみなぎっているのか、わからなかった。


私が社会人になって、自信がみなぎっている、と感じた方は、みな、それなりに、お仕事でよい成績を残らされ、ステータスがあったり、ちゃんと、最終学歴も英米だったり、目に見ているものが裏づけになっていると思っていたから。


たとえば、私は、日本の最終学歴は、最高学府最高峰を ( Attn; Komakenn-han, tsui-ni revise itashimashita )

優秀な成績で卒業し、あまたのオファーの中から選らんだ会社は、当時無名。そこで、めきめきがんばって、今となっては超有名になったいるけれど、そんなもん、みんなに知られる前にとっくにやめたよ。ははっ。破格の退職金で死ぬまで遊んで暮らせるけれど、社会でしたいことあるし、まだまだがんばりま~す。


なんていうプロフィールだったら、別に、その方にお会いしなくても、なんか、自信みたいなものを感じるような気がします。


それで、実際、お会いしてみて、ものすごいオーラだった~。


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実際、オネエサマのおうちにお邪魔すると、特に重要なポジションでもない(というか、一番代替性の高いロール)、正社員でもない、何の権限もない、そんなオネエサマあてに、何通ものお手紙が、職場で一緒だった方から届いているのです。


もちろん、メールな時代ですから、お手紙以外でも、日々、過去に出逢った方と通信。


人間の輪が途切れない。

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こちらのオネエサマは、ヒトを喜ばせることが大好き。


そして、ヒトが嫌だと思うこは、


絶対に


しません。


絶対に。


というのは、すごく難しいことだと思います。ちょっと疲れてしまった時、甘えたい時、ヒトにはあると思います。特に、普段はヒト一倍がんばっている方なので。だから、弱い人間達がよってきて絡まれていることもしばしばあります。だけど、絶対に、イヤなことは言わない。


他人を不愉快にさせるようなことは絶対にしない。


この継続が、ヒトと接するプロセスが、オネエサマの自信になっているのだと思いました。


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社会的役割こそ、プロセスが重要だ。


社会的役割では、必ず結果が要求される。


組織人として、組織における恩恵を授かっているのだから当然だ。


結果は、まず、組織、社会のためにだす。


そして、プロセスは、継続的に自分の糧となる。


社会的役割こそ、プロセスが重要だ。


*おしまい*