ども。
実験と共作のレコラボです。
日記らしいブログを書いてみようかと^_^
*写真や文字装飾はありません。
さて、今年もちょうど半分、上半期が終ろうとしてます。
ミニアルバム、「出来ないなんて言わせない。」の発表を皮切りに、嬉しい連鎖が続き、忙しくさせて頂いております。
今こんな風になってるとは昨年までの自分なら想像もしていなかった。
でもよくよく考えるとここまでの音楽活動って能動的にコレがしたいと思って行動したことばかりなんです。
最近はご依頼を頂けるようになりましたが、自分で企画してそれについてきてもらったり、受けとめてもらうことの方が多いのです。
そこに参加してくれたり、一緒に真剣に考えてくれたり、支えてくれる仲間がいるって凄くありがたいことだなぁって思ってます。
自分がやりたいことで忙しいっていう言葉には矛盾がありますが、結果としてチームとして制作したものを見てもらったり、聴いてくれた人から評価を頂いて、今の環境があるのが凄く嬉しいです。
改めてご協力頂いた皆さま、ご視聴頂いた方々、ありがとう御座いますm(_ _)m
次にここからはコラムとして書きます↓
最近「価値」に関して、考え方を見直している。
これまで価値=相対的数値の高さが全てであり、極論それはお金だと認識していた。
人間は損得感情で動く生き物。だからお金の話というのはどの分野でも常にシビアだ。
お金に変換することばっかりに必死になってて、上手く伝わらなかったり、悩むことがよくあった。
しかしある日、バーニングマンというフェスのルールで、過酷な環境下なのにSell & Buy NG、Give & TAKE NG、Only Give OK。
そして最終的に一番Giveした人が最も幸せになり、それを原始的に体感するということを知った。
そして最終的に一番Giveした人が最も幸せになり、それを原始的に体感するということを知った。
価値=幸福度、と仮定するならば、対価や相対的数値の高さが必ずしもイコールになれるとは限らない。
お金に変えられない価値って結構世の中にたくさんある。言葉で言い表せないサービスとか人間性が関連したものなど抽象的、精神的であることが多いだろう。
これを音楽で置き換えるとアートの部分だと分析する。音楽家はたくさんいても、全く同じものは作れない。
唯一無二かつアート性、作品性を強く感じるものに人は魅力されるし、そこに対価を払おうとする。
さらに人間は自分が持てる価値以上のものは受け止めきれない性質があるから、その余った価値はアーティストに対して感謝の言葉を綴ったり、プレゼントを送ったりするじゃないかと。。
さらに人間は自分が持てる価値以上のものは受け止めきれない性質があるから、その余った価値はアーティストに対して感謝の言葉を綴ったり、プレゼントを送ったりするじゃないかと。。
だからこそ音楽家はアート性を日夜研究する。役割やアートの好みが違うからアプローチは異なるが、アート性を追求することは音楽家の生命線だ。
ちなみに当方が考えるアート性とはカラーであり、対比感であり、独自性である。
唯一無二であることが成功法であるならば、偏見なく好きと思うものを取り入れ、かっこいいと思う人と共に創り上げることで、その可能性が磨かれる。
ちなみに当方が考えるアート性とはカラーであり、対比感であり、独自性である。
唯一無二であることが成功法であるならば、偏見なく好きと思うものを取り入れ、かっこいいと思う人と共に創り上げることで、その可能性が磨かれる。
そしてレコラボが力を入れているレコーディングとはそのアートを音響的技術で具現化する行為。
アーティストの好みや素材、レシピが毎回異なるため、言わばデリケートなオーダーメイドだ。重役であり、アーティストと共にオンリーワンなもの作り上げるため、非常にクリエイティブで能動的な仕事だと断言できる。
アーティストの好みや素材、レシピが毎回異なるため、言わばデリケートなオーダーメイドだ。重役であり、アーティストと共にオンリーワンなもの作り上げるため、非常にクリエイティブで能動的な仕事だと断言できる。
ところでデジタル化により在庫という概念がないソフト商品が登場したり、デフレの影響で低価格でないと売れにくくなり、無償、低価格が乱発して、価値=対価という考え方に混乱が生じている。
「低価格、無料であることの方が価値は高い。」
この認識では誤解を招くだろう。
例えばドラムで言うなら、打ち込みのドラムはソフトをインストールして、打ち込み方法を覚えれば便利だし、初期投資だけで済むので、余計なコストは発生しにくい。
一方人間が叩くドラムは、マイクなどのセッティングに時間がかかる上、ドラマーに演奏を覚えてもらわなければならず、コストや時間などの手間は打ち込みに比べれると馬鹿にならないだろう。
この2つを比べた際、人間味が求められる楽曲の場合に、人間が叩くドラムに軍配が上がるのは目に見えている。
それは音楽を聴くのが人間であり、人間味が感じられるグルーヴを欲しているから。実際レコーディングでドラムが良く録れていることで、レコーディングの半分は成功したと記載する書籍は多く、ドラムの役割は非常に大きい。
それは音楽を聴くのが人間であり、人間味が感じられるグルーヴを欲しているから。実際レコーディングでドラムが良く録れていることで、レコーディングの半分は成功したと記載する書籍は多く、ドラムの役割は非常に大きい。
ちなみにEDMのようにデジタルな要素が強い楽曲であっても、ベタ打ちのドラムでは人間の心には響かない。結局ワンショットずつエディットして、人間がいいと思うグルーヴを構築する必要があるため、これも結局人間による手作業なのだ。
音楽がアートである以上は、アートで優れていることが価値の基準と言うべきだ。
またアートである音楽の価値が決して下がった訳ではなく、今は利便性の高いツールの普及により、無料で価値の高いコンテンツが見れるようになっただけ。
一方で本当に価値の高いものの傾向として、近年はその内容がかなり複雑化している。その価値を理解するために、例えば無料体験とかテスターでお試し。
要はその価値を理解するのにはある程度の時間が必要だが、どれだけ便利な時代になっても不変である「時間」、コレを要する点がその価値を証明するのに難易度を上げていると感じる。
要はその価値を理解するのにはある程度の時間が必要だが、どれだけ便利な時代になっても不変である「時間」、コレを要する点がその価値を証明するのに難易度を上げていると感じる。
これから音楽を作っていくにあたり、当方が考える価値の安売りや安く買うことは絶対にしてはならないと思った。
少し話が逸れましたが、自分を高めるのにビジネス、ロジカル、スキルを磨き、習得することばかりに目を向けていました。
しかしそれらとは性質の違うマインドとかハート、音楽のアート性を併せ持っていないと本当の価値は見出せないことが分かり、モヤモヤの謎が解けたのです。
しかしそれらとは性質の違うマインドとかハート、音楽のアート性を併せ持っていないと本当の価値は見出せないことが分かり、モヤモヤの謎が解けたのです。
上記の考え方を悩みごとにあてはめた時に矛盾がなくなり、軸ができたように思います。このブログでアウトプットしたことで、しっかりと自分の考えをまとめることが出来ました。
ちなみに今回のブログ、対価の部分で妥協するという意味ではありません。ご了承下さい。
慈善事業ではないし、音楽活動を続けていくためには対価を得て、次のレコラボへ進むための予算に繋げれなければなりません。
慈善事業ではないし、音楽活動を続けていくためには対価を得て、次のレコラボへ進むための予算に繋げれなければなりません。
これからレコラボをさらに成長させるためには自分の価値を上げていくことが必要です。
その方法はシンプルで、より価値の高い音楽を作り出すこと。そしてその制作過程を楽しむということ。
その方法はシンプルで、より価値の高い音楽を作り出すこと。そしてその制作過程を楽しむということ。
自発的に楽しむという言葉のニュアンスは、正直好きではありませんが、楽しくワクワクな状態が上達への近道。何をするにも楽しんで、笑顔が増えればいいですね。
ここまで読んで頂いた方、ありがとう御座いました。
もしこの考え方にご意見やアドバイスなどが御座いましたら、コメントに書いて頂くか、直接ご連絡頂ければ幸いです。
それではまた〜