思考の行き着く先 -28ページ目

思考の行き着く先

SNSで目立ちたいわけではないけど、自分の思考をまとめる事で、何か人生の役に立てば良いと思い、始めてみます。
自分が何を考え、何を思って生きるのか、言語化する練習をしていきます。

最近流行っているこの曲。

かわいいだけじゃだめですか?

どストレートで破壊力抜群のタイトルと、耳にしたら忘れられない、ポップなメロディー。


かわいいだけじゃダメだろ!?

ってツッコミ入れてしまって、忘れられなくなったどころか、Amazon Musicでよく聴いている。

うちの保育園児が、真似して歌っているところは、本当に可愛くて、かわいいだけでいいよ!という気持ちになる。

でも、実際に可愛いだけで良いよ!って思えるものだろうか?と、考えてみたところ、そもそも、かわいいという言葉の定義自体が、年齢層によっても変わってくるのではないか?と思った。

まず、赤ちゃんから、3歳くらい、ここらへんは純粋にかわいいだけで良いと思うが、小学校低学年くらいまでになると、そろそろちゃんとして欲しいという欲求が出てきて、小学校高学年から高校生くらいまでになると、反抗期も相まって、色々ちゃんとしないとダメだろという気持ちにもなる。

もちろん、大学生〜20代にもなれば、尚の事、自分の将来のことを見据えなきゃいけないので、可愛いだけとか言ってられないと思う。

そりゃ、可愛い方が良いとは思うけど、年齢を重ねれば見た目は変化していくもの。

必ず変化していくものに対して、抵抗すればするほど、違和感というのは拭えないものだ。

だが、老年期、ヨボヨボのおばあちゃんが腰を折りながら、かわいいだけじゃ、だめですか?と言っていたら、また、何か違う感慨深さというか、可愛さを感じるのは自分だけだろうか。

こんなことを考える前は、可愛いというのは、見た目だけの話かと思っていたのだが、実際にはブサカワやキモカワという造語があるくらい、可愛いという言葉の奥は深いのだと感じた。

では、本当に、可愛いとは何だろう?と考えてみたところ、それは即ち、弱さや儚さ、に通づるところがあるのだと思い至った。

可愛いのは何も人に限ったことではなく、動物であったり、植物であったり、何かのキャラであったり、様々なものが評価の対象になる。

愛でることが可能と書いて、可愛い、だもの、そりゃそうか。

ここまで考えて、人が可愛いだけでいることの努力は並大抵では無いと思った。

やはり、その人の背景や性格まで感じた上で可愛いと思い至るのだから、この人は可愛いな、と思われる為には、余程努力をしていないと、可愛いと思われないのだろう。


ここまできて、頭に浮かんでいる、可愛い人について心当たりがある。

見た目はそんなに可愛いわけではなかった(失礼)だけど、いつも優しくて、皆を見守っているような穏やかな存在。

男女分け隔てなく、年上からも年下からも好かれていた彼女は、可愛いと言えただろう。

マスコット的な可愛さがなかったとは言わない。

だが、慈愛に満ちた言動と、いつも真っ直ぐ頑張っている姿は、間違いなく可愛いと思った。

結局、その時その時で、懸命に生きている姿があれば、かわいいだけじゃだめですか?とは聞かれずとも、可愛く思えるものなのだろう。


見た目の問題じゃなく、生き方の問題なのだから。