私個人は、積極的とまではいかないけれど、どうしても、というなら、絶対不可でもない、くらいではあるのですが・・・
住民投票。好きな人はすごく好き、らしい。
けれど、
市町村合併に関するもの(合併型)を除いた、地域の重要な課題に関するもの(重要争点型)は、それほど頻繁に行われているものでもない、らしい。
さらにそこから、基地とか、原発とか、あるいは産廃施設とか、大雑把に言うところの国政もしくは近隣自治体絡みのものを除外すると、いよいよ数えられるくらいの事例しかない、らしい。
武田真一郎「日本の住民投票制度の現状と課題について」(行政法研究21号(2017年12月)6頁以下)によると、前者の住民投票を「合併型」、後者の住民投票を「重要争点型」とし、条例に基づいて実施された「合併型」はこれまでで約350件(なお、これとは別に、市町村の合併の特例に関する法律に基づいて実施されたものは約50件)であり、条例に基づき実施された「重要争点型」は、38件(条例による「重要争点型」の住民投票が全国最初に新潟県巻町でなされた平成8年8月から平成29年6月までの間)であったとしている。
とまあ、現状、そういうもののようです。
これを、多いと取るか、少ないと見るか。それはもう、人それぞれ。
これ以上増やしてどうする、という人がいれば、まだまだ全然少ない、と考える人もいることでしょう。
で、ここからは、あくまでも「個人の感想」になります。
我が国は、基本、間接民主主義の国です。それは地方自治体においても同じ。
議会と首長とが、一般市民に代わって物事を決めます。
ただ、たまに「選挙では個別の政策について意思表示できない。直接物申したい」という人が出てくるのですね。
その中心にいるのは、良く言えば意識が高く、悪く言えば暇な人達。もっと言ってしまえば、基本、反対するのが仕事で趣味で生きがいの人達です。
で、大抵の場合、「市民団体」「市民グループ」を名乗り、それ自体断りにくい「賛否を問う」という文言で署名を集め、条例制定の直接請求へと向かいます。
ですが、これも大抵の場合、市長も議会も、それなりに検討し議論をしてきたことなのだからと「そんな必要はない」という判断をします。
議会の賛否勢力が拮抗している案件でない限り当たり前のことです。
我が豊橋も、先の市長選挙前まではそうだった(直接請求成立、議会否決が「2度もあった!」)のですが・・・
先の市長選挙後、議会と首長とが、いわゆる「ねじれ」状態にあって。
議会(多数派)は、前市長とほぼ同じ方向性で進めていた「多目的屋内施設及び豊橋公園東側エリア整備・運営事業」を「推進」したいと言い、
首長(市長の長坂氏)は「公約に掲げて当選した」からと、締結済みの事業契約を「解除」してでも「新アリーナ計画は中止」にすると言い、
推進派の議員や市民(全てではない)は、不信任からの出直し市長選挙で推進派市長を当選させようと考え(実際選挙になれば、ほぼそうなる)、
反対派の議員や市民(全てではない+一部推進派の市民も含む)は住民投票で決着させようと考え(こちらは五分五分? 何とも言えない)、
ま、要するに、混沌としております。
私自身は、新アリーナ建設の賛否を問う住民投票をするとして・・・
皆が皆「自分にとって必要か否かという視点だけで」投票するのだろう、というほど悲観的ではないけれど、
皆が皆「これまで積み上げたもの、他の政策、公共事業・施設との絡みやバランスを考えて」投票するはずだ、というほど楽観的でもない、
・・・といったところ。
というか、
今、どうしても住民投票をと言うならば「新アリーナ建設の賛否を問う」ではなく「多目的屋内施設及び豊橋公園東側エリア整備・運営事業契約、解除の是非を問う」でなければ筋が通らないと思います。
「新アリーナ建設」自体は、既に決まったことであり、着手済みのこと。
過去に遡って、その賛否を問うなど意味はないし、現実問題としても、市当局が計画それ自体について、公平・中立な情報提供をするとは思えません。
何しろ、現在、市(市長である長坂氏)が取り組んでいるのは、新アリーナの建設ではなく契約の解除なんですから。
なので、議会は契約解除の是非を問うて、市(長)はその正当性、妥当性について広報するならすれば良い。
どれほど繕おうとしたところで、仮に約定解除できるとしても(おそらく、できないけれど)損失補償は必至、法定解除となれば損害賠償も免れず、しかも、十中八九、長期にわたる裁判となるでしょう。
そこに触れないのは(現に「協議に関わる事項」だとして、多くを語ってないけれども)、まさに説明不足、隠蔽です。
事ここに至り、「新アリーナ計画の中止(契約解除等)」は、多くの人にとって「どっちでもいい」であろう施設を造る造らない、の話ではなく・・・
今後の豊橋と豊橋市民にとって「多大な影響をおよぼしかねない」話です。
その是非を、真正面から問うというのであれば、住民投票も、ギリギリやっても良いかなと思います。