負け組
仕事を辞めて、一ヶ月は熊本でプラプラしていました。
学生時代の貯金と、前の会社が完全インセンティブであったため、
そこそこの営業成績を残していた自分は、一ヶ月遊ぶくらいのお金はありました。
親にはそーとー怒られましたね。
「お前、社会を舐めてんだろ!」って。
そりゃ怒りますよね。
せっかく大学まで行かせて入った就職先で、
3ヶ月持たずに逃げちゃったんですから。。
でも、この時もまだ社会を舐めてた自分は
「ま、何とかなるだろう」くらいに思ってました。
お気楽なもので、一緒に辞めた同期の男3人と、
「部屋でも借りて同居しながら仕事探すか!」なんて
ばかげた相談もしてたくらいですから。。
今思うと、本気でバカです。
学生気分が抜けきれないまま社会に出て、
自分のせいじゃなくて会社や上司のせいにして逃げて、
あげくの果てにはまだ遊ぼうとしてたんですから。。
時間が経つと、いい加減金も底をついてきて、
仕方がないので実家に戻ることにしました。
完全な負け組。
同じく社会を舐めきった同期の男3人も、一緒にそれぞれの実家に戻ることにしました。
レンタカー2台に3人分の荷物を詰め込み、それぞれの実家に帰る男達。。。
さながら夜逃げです。夜の高速道路を走っていたら、不思議と涙がこぼれてきました。
この時、初めて「負け」を悟りました。
実家に帰った自分を、両親は思った以上に暖かく出迎えてくれました。
これがまた、情けなさに拍車をかけて。。。
この年になってまた親の脛をかじることになった自分が、イヤでイヤで仕方なかった。
会社を辞めてしまったことを、初めて後悔した瞬間でした。
人生の岐路②
最初の就職先は、教材を販売する出版社。
TVCMでも有名で、名は知れた会社だったと思います。
とにかく早い段階で内定を頂くことができたこと、
サークルの一年上の先輩も就職していたこともあり、
迷わず決めた会社でした。
前回も書きましたが、「出版」という名前だけで決めたようなものでもあります。
説明会でも「一年で結果出したら、好きな部署へ異動申請可能」と言われ、
将来は編集職に就くことを夢見て、社会に飛び込みました。
ただ、新人研修の時から、何かが違いました。
自分の甘っちょろい社会を舐めきった考えは、あっという間に打ち砕かれ。。。
とにかく、「軍隊」に近いんですね。
朝は早朝ランニングに始まり、声だし。
まぁ、とにかくいつも大声ですよ。
「おはようっざいま~す!」
「失礼っした~!」
「あざっす!」
「こんちゃ~っっす!」
「おっかれっした~!」
レベル的には、高校の時の青少年自然の家に一泊して研修するのと
ほぼ内容的には変わらないわけですよ。
廊下の端に先輩の姿が見えただけで、立ち止まり、
直立不動で先輩に挨拶する野球部員と変わらないわけですよ。
これは、配属されても変わりませんでした。
配属先は熊本だったわけですが、昨年の新卒配属が13名。
自分が配属された段階で残っていた新卒の方は、たったの2名。
あとは全員が中途採用の方でした。
配属先も朝から異様なテンションでした。
出社するや否や、事務所の入り口で社訓を大声で読み上げる。
出社時間が他社員と重なった日にゃあ、事務所の入り口大渋滞。
社訓の大合唱で、訳わかんない状況のできあがりです。
社訓も、ただ大声で読みゃあいいってなもので、
最後の方とかまともに言ってなかったですもんね。
「ひと~つ!三歩進んでう~にゃんあ~だ~。。。っべからず!!」
みたいな。途中何言ってるかわかんない。
朝礼でも大声で社訓を読み上げ、営業に出る前に社訓を読み上げ、
営業が終わって会社に戻ってきたら、また社訓を読み上げ。。。
社訓に始まり社訓に終わる。
あれだけ読まされりゃあ、イヤでも社訓を覚えます(もう忘れたけど。。。)。
女性はさすがに続かないでしょうね。
早い人で、新卒なのに配属3日目でドロン、なんて人もいました。
営業スタイルも、まさに「アポなし飛込み」の決定版。
前日に地図と名簿みたいなものを渡され、
その地区に住む中学生全員の家をチェックして、突撃訪問!
ゼ○リンの地図だと番地や名前まで載っているので、探すのは楽でした。
そこで廻りやすいルートを前日までに決め、後は勝手に廻ってこい!みたいな。
社用車は一人一台与えられるので、さぼろうと思えばいくらでもサボれました。
ただ、やっぱり入社し立ては仕事に情熱燃やすものですよ。
いくら社会を舐めていたと言っても、それなりにやる気はありました。
もともと体育会系なので、軍隊みたいな雰囲気も慣れるのは早かったし。
初日の営業で、一発目でいきなり契約も獲れたし。
「いける。」
普通にそう思いました。
ところがどっこい、それが社会の落とし穴。
翌日からは、全くと言っていいほど数字が獲れなくなりました。
容赦なく襲ってくるプレッシャー。
次第に、弱い者同士が集まり、傷を舐めあうようになりました。
同期で入社した新卒13名は、まさに傷を舐めあう集団でした。
仕事終わりに居酒屋に集まっては愚痴。
近くに住む同期の家に集まっては愚痴。
営業先が近ければ、どこか集合場所を決め、集まっては愚痴。
そのピークは一年目のGWにやってきました。
その会社、普段休みが少ない分、GWが異常に長いんですね。
確か、11日くらいあったと記憶しています。
とにかく長かった。でも、長過ぎた。
社会の壁に当たった新人類がドロップアウトするには、十分過ぎる長さでした。
結果、GWが明けた後、13人いた同期は4人に減っていました。
もうこの行動自体が舐めてますよね。
自分は何とかドロップアウトしなかったものの、もう完全に気持ちは途切れていました。
後はもう惰性で仕事するだけ。
数字が出ないのは自分のせいでなく、会社のせいだと。
もうこの思考回路に陥った段階で、社会人失格ですね。
そこから約一ヶ月後、自分も会社を後にしていました。
人生の岐路①
人生のターニングポイント。。。
いくつかあるとは思うんですが、
今30年を振り返ってみると、やっぱり「就職」「転職」でしょうね。
「たら」「れば」の世界は嫌いだったんですが、
離婚してからというもの、たま~に「もしあの時。。。だったら」とか
考えることも出てくるようになりました。
大学時代は、今振り返ってみても、人生で一番「楽」した時間でした。
授業は気の向くままの出席。
学校行くよりも、バイト。
バイト休みの日は、朝からパチンコ屋の列に参加。
勝ったらおごりで行き着けの居酒屋「まつもと」へ。
自分が負けても、仲間が勝ったらおごりで「まつもと」へ。
サークルに顔出して、練習後にそのまま「まつもと」へ。
バイト⇒スロット⇒まつもと⇒友人宅でプレステ
この無限サイクルで学生時代を過ごしてたような気がします。
なので、就職についても全く何も考えていなかった。
前回書きましたが、転校慣れしていたおかげで要領だけは良かったので、
「何とかなるだろう」くらいに思っていました。
何をしたいのか、どんな将来のビジョンを描くのか。
その時は、全くと言っていいほど何も考えていませんでした。
実際、最初の就職先も、一番最初に内定をもらったトコロに決めました。
残りの大学生活を楽しみたかった、ただそれだけです。
親にも言われましたよ。
「あんたにはこの仕事、向いてないんじゃないの?もっとじっくり決めれば?」って。
でも、面倒臭かった。
どんな仕事でも、何とかなると思ってましたから。
完全に世の中舐めてました。舐めきってました。
ちなみに、最初の就職先は、大手の教材出版社。
当時、何もしたいことがない(というより考えてない)中で、
なんとなく漠然と「物書き(ライター)になりたい」と思っていたこともあって、
ただ単に社名に「出版」とついてたから、選んだようなものでした。
でも、現実はそんなに甘くありませんでした。
転勤が生んだ歪んだ性格
親父が航空自衛隊勤めだったため
幼い頃から転勤族でした。
なので、幼馴染がいない!(ノ_-。)
よく漫画やドラマであるぢゃないですか。
自分の部屋の窓を開けたら、
目と鼻の先にある隣の家の窓の向こうに、幼馴染。
自分の存在に気づいた幼馴染が、
微笑みながら窓を開ける。
「もー、なんかよう??」
「べ、べつに。。。窓開けただけだよ(・・。)ゞ」
「そーちゃん、勉強頑張ってる?高校も一緒のところ行くんだからね\(*`∧´)/」
「おめーとは頭のデキが違うからよ。。勝手に言ってろ!」
「もー、またそんなこと言って!私が勉強教えてあげる( ̄∩ ̄#」
そー言って、窓から屋根づたいに自分の部屋へと幼馴染がやってくる。。
もちろん、両親の公認の仲。
ちなみに家の一階は喫茶店。
みたいな。
そんな甘ずっぺー思い出なんて、これっぽっちもありません。
山口県豊浦郡(生誕~小学校入学)
↓
三重県久居市(小1~小4第1学期)
↓
千葉県鴨川市(小4第2学期~中1)
↓
沖縄県那覇市(中2~中学校卒業)
↓
福岡県春日市(高1~高3)
↓
福岡県北九州市(大学入学~大学卒業 ※一人暮らしスタート)
↓
熊本県熊本市(最初の就職先)
↓
福岡県春日市
↓
福岡県福岡市博多区(二度目の就職先)
↓
福岡県福岡市南区(ここで結婚)
↓
福岡県春日市(離婚。。。(/TДT)/)
↓
熊本県熊本市(三度目の就職先)
↓
福岡県北九州市(現在)
とまぁ、こんな感じで狭い範囲を転々としておりました。
まー、世の中にもこんなもん比じゃないくらい転々としておる方も数多いと想いますが。
今でも時たま思います。
「ひとつところに定住できなかったことが、
今の自分の性格を作り上げちゃったのかなぁ」って。
人から嫌われないように生きる方法は、転入する度に身につけました。
周りを伺いながら、自分を殺してしまうようにもなりました。
郷に入りては郷に従え。周囲の友達にあわせ
小学校時代⇒優等生(生徒会書記もやりました)
中高時代⇒不良(野球部入って仲間とやりたい放題)
そんな一貫性のない青春時代を過ごしていました。
協調性はあるが、自分がない。
恋愛においてもそうです。
相手のことを親身に想うことはできるけど、自分をさらけ出せない。
嫌われる自分が怖い。
それが、恋愛にも出てしまってます。
ま、この年のバツイチが恋愛もくそもないですが。。。
離婚は全く別の原因なんですけどね(;´▽`A``
これからは、そんな過去の辛い話やおもしろ話も交えていきます。
4
徒然なるままに
2007年2月6日時点、30歳、独身。
2005年2月6日時点、28歳、妻子あり。
結婚の時、人生が激変しました。
離婚の時も人生が激変しました。
今までの人生、たくさんのターニングポイントがありました。
ターニングポイントがやってくるその度に、
過去のターニングポイントでの自分決断を振り返ります。
ひとつひとつの決断が、おかしなくらいに因果関係が成り立っていて
今の自分の人生を形成していると思うと
「ふふっ」
と、やや自嘲気味に笑ってみたくもなります。
後悔はしているわけではありません。
でも、「絶頂」も「どん底」も、本当にあるんだなぁ、って。
まだまだ青二才の自分が言うのもなんですが、本当にそう思います。
人生の歯車はかみ合ったままなのか、もう狂っているのか。
結論はたぶん、死ぬ直前まで出ないのかもしれないですが、
それでも日々を懸命に生きてみたいと思っています。
では、ひっそりほっそり、ブログスタート(^~^)
