里山奇憚 よみがえる土地の記憶

元々私は自然、生き物が大好きな人間で、小さい頃から自然公園で遊び回っていた。将来は生き物屋になりたいと思っていた時期もあった。
そんな私が、Twitterで見かけた【里山奇憚】に興味を抱いたのは当然かもしれない。
この本は、鳥や虫、動植物を愛するいわゆる【生き物屋】たちが見聞きした、野山、里に纏わる不思議な話を集めたものだ。
短編集で、1話1話はとても短く読みやすい。
その全41篇の短編の中で、私が最も好きな4つの話を紹介したいと思う。
【おまっしらさん】
おまっしらさんとは、とある山神様の呼び名のことだ。毛むくじゃらで手足の長い獣の姿をしていると言われている。
さて、このおまっしらさん。相手を威圧するような恐いものではあるのだが、語り手の伯母の存在には滅法弱かったりもする。
その伯母上はあろうことか、山の神様であるおまっしらさんを大声で叱り飛ばす。そして、叱られたおまっしらさんは、その場から姿を消すのだ。
怪異を大声で叱り飛ばす伯母上も流石だが、人に叱られて体を丸めてしょぼしょぼと退散していく山神様というのもなかなか可愛らしい。
それは、この山神様が語り手の伯母上を最も信頼しているからなのだそうだ。毎日祠を掃除し、お供え物を欠かさない。そこには、しっかりとした山神様、しいてはその『山』そのものへの畏敬の念が感じられる。
怪異談と言えば恐ろしい物語。そんな話が主流の中で、こんな可愛らしく、尊い物語に出会えたのがとても嬉しい。
私も、怪異に尊敬されるような存在になってみたい、と、到底無理なことを思ってしまう。
怪異に尊敬されるような存在にはなれないが、自然に対して畏敬の念を持つことはできる。
自然に対して尊いと感じる気持ちを忘れずに過ごしていきたい。そんなことを、感じさせる物語だった。
【いけるしかばねのしかのし】
最初に紹介した話とはうって変わって、こちらはミステリー要素を含んだ、とても不可解な物語だ。
よく山に入る人が体験することのひとつに『死臭が漂ってくる』ことがある。どこかで獣が死んでいるのだろうか。しかし、死骸が見つかることはない。しかも、とても強い臭いなのに、帰りに同じ場所を通るとなぜか綺麗さっぱりなくなってることもある。
そんな話を山でたまたま出会った猟師と話す語り手は、興味を引かれて
"もしかして、そういう不思議なことにはよく出くくわしたりするんでしょうか"
と、そう訪ねるのだ。
その後、猟師が話す不思議な話に、私は背筋がぞっ、となるのを感じた。
私の地域では近くに小さな雑木林があるためか、時たま狸が顔を出す。
しかし、交通量もそこそこあるため、小学校の頃には、歩道の端に車に引かれたであろう狸が横たわっていることがあった。
もし、その狸が既に死臭を放つくらい、腐敗していたとしたら…?
考えれば考えるほど不可解で背筋が寒くなる。
そして、もう一度思い返してほしいのは、この本に書かれていることは『生き物屋が実際に見聞きした怪異談』であるということだ。
『いけるしかばねのしかのし』
このタイトルを考えれば考えるほど、背筋が寒くなる。
【松虫】
松虫をご存じだろうか?有名な童謡にも登場する、日本を代表する虫といってもいいかもしれない。
ちんちろちんちろちんちろりん
そんな、可愛らしく綺麗なフレーズは誰もが歌ったことがあると思う。
さて。物語を語ってくれるのは、とあるペンションの主人だ。
その主人は、この場所に移り住む前、精神を病んでしまい、家に引きこもる日が続いていた。そんな時にかかってきたとある電話。
"…特に何かあったわけではないんだが、声が聞きたくなって"
そんな、のんびりと穏やかな口調で話してくる相手に、主人は懐かしさを覚えるのだ。
"なんだお前だったのか。懐かしいな"
そこから、電話の主とのやり取りが始まった。彼からの電話からは、いつも松虫の声が聞こえている。
そんな、懐かしさ溢れる電話のやり取りがが続く中で、主人は故郷に帰ることを決断する。
これだけを書くと、一体どこが怪異談なのかと思われるだろうが、この話はれっきとした怪異談だ。それは、本書を読めばすぐにわかる。
私はこの話を読んで、この『電話先の声の主』に思いを馳せた。
一体、この人とどんな関わりがあったのだろう。
それは、私の想像を越えた、人智を越えた関わりなのかもしれない。はたまた、極々普通の、ありふれた関わりなのかもしれない。
どちらにせよ、この人はこの不思議な体験を得て、自分を取り返したのだ。
そこには、切なくて暖かい、不思議な出会いの形があった。
これら以外にも、たくさんの怪異談が収集されている。
あなた好みの物語も、きっと見つかるだろう。
もしよければ、私にも是非聞かせてほしい。
この物語の何に共感し、何に引かれたのかを。
