数日前に、私の分野で世界に高名な
ある先生が亡くなりました。
その先生の偉業を書き出したら
書ききれませんが、
世界で色々なことのパイオニアとなり、
私が修士(2つ目の素晴らしかった方の修士)・博士と
お世話になった大学のセンターを創設した
3人のメンバーの1人です。
色々な人がお悔やみ・思い出のメッセージを
色々なサイトで残していて、
私もメッセージを送りました。
中で、ある有名な団体が、
「あなたは世界中で高名だった。
でも、私たちにとっては、ただ友人だった。」(意訳)
と書いていました。
そうです、そうなんです、と思いました。
これは、多くの偉大な人に共通することですが
驕らない。
他の人を見下さない。
他人の意見を批判することに躊躇はないけれど、
他人を批判しない。
身分・肩書きに惑わされず、人の話の内容を聞く。
彼は、私が博士論文の中間点で
皆に公開発表をした際に、
多忙なスケジュールの中、
1列目で熱心に発表を聞いてくださり、
「それはひどいねぇ。
そこはどうなっているの?本当に?
それはショッキングだなぁ。」と、
ひとつひとつ興味を持って質問して励ましてくれました。
本当に面白いし、ためになる研究だね、
頑張ってください、と
ニコニコしながら言ってくれました。
他方、私があまり準備しないで
先生に質問をしに行った際には、
「それはちょっと浅いね。
調べてから来なさい。」と
ニコニコと同じ顔で、おっしゃいました。
私がジュネーブにいた際には、
ジュネーブを訪れる彼の学生さんたちに、
「ジュネーブにはfilleさんがいるから、
ぜひ会ってきなさい」と
たくさんの学生さんたちにおっしゃっていたのだとか。
偉大な人だなぁ、と今改めて思いました。
偉大な先生、でも、偉大な実務家、でもなく、
人としての器が大きいんだな。
他の人を威嚇しなくていいから、
誰に対してもただ人として接することができる。
そうして、身分や肩書きのまだない、
若手の研究者の斬新なアイディアなども
どんどん取り入れることができて、
先生ご自身もいつも ready for anything (「何でも来い!」かな。)
の姿勢でいられたのだと思います。
RIP、先生。
私も先生のような人でありたいと思います。