某バラエティ番組に協力したとされる宿舎が、高野連からその指定を取り消されてしまうらしい。
プライバシーを明かした。
対応が問題。
教育目的から逸脱した番組構成で、選手を侮辱する内容も含まれていた・・・などなど。
すでに各所で語られていることだが、私もこれは一種の弱いものイジメではないかと思う。
バラエティ番組の作り方。
その仕組みを知っている人は、恐らく私と同じ意見だろう。
旅番組では定番だが、「文豪の泊まった宿」というものがある。
著名な作家が執筆をおこなった部屋。
ゆかりの品なども紹介され、ファンなら一度は行ってみたくなるだろう。
ビートルズが来日時に滞在したスイートや、ジョン・レノンが訪れたこともある避暑地のホテル。
もちろん、これも同様だ。
しかし高野連の言い分が正しいのなら、それらは全てプライバシーの侵害。
宿泊施設としてのモラルが欠如した、最低の宿となってしまう。
選手を撮影した映像が、無断で流れていたのならわかる。
でも今回のケースでは、ただの足跡を見せただけ。
いったいどこが問題なのか。
はっきり言って、首を捻りたくなる論理だ。
バラエティ番組では毎週企画会議が開かれ、そこでおおよその方向性が決まってゆく。
次の特番は、こんなネタでどうでしょう・・・。
放送作家の企画が採用されたら、次はブッキングだ。
AP(アシスタント・プロデューサー)やAD(アシスタント・ディレクター)が電話で要旨を告げ、先方からOKが出れば、いよいよロケハン。
その際にはロケ日、時間などの要望を伝えた上で、内容の説明もあらためておこなわれる。
今回はタレントさんに○×高校のみなさんと同じ食事をして頂き、使った設備も体験させたいんです・・・。
ついては、ご主人もタレントさんたちと絡んで頂けないでしょうか・・・。
恐らくは、こんな感じ。
しかし、突っ込んだ説明はまずしない。
何故なら、人気番組ほど「うちに協力するということは、どんな番組でどのように紹介されるか、当然理解しているはず」との考えが制作サイドにあるからだ。
そして当日。
思っていた以上の人数が、この宿を訪れる。
タレント、制作、技術、メーク、スタイリスト、マネージャー・・・その数は、およそ数十名。
普通の人なら、まずここで驚くはずだ。
そして撮影開始。
たとえ5~10分程度の尺でも、ロケは半日以上かかってしまう。
まずは本編、さらにインサート、物撮り。
ディレクターの指示のもと、それは延々とおこなわれるのだ。
数十名のスタッフに囲まれながら、よくわからないうちに進行してゆく収録。
これだけの人数を前にすると、萎縮して抵抗できなくなるのが普通ではないだろうか。
素材のテープだけでも、少なく見積もって10数本。
それをディレクターが、尺に合わせて編集する。
もちろんバラエティだから、面白いシーンばかりつなぎ合わせていくのだ。
その結果、協力者の意にそぐわないものが出来上がる可能性だってある。
よほどの大物でもない限り、OA前のテープをチェックすることなど不可能。
だからテレビは、本当に怖い。
例えば子供が自転車に乗っているシーン。
実際は貧乏な家庭でも、新品のピカピカに乗っていれば金持ちの子供に見える。
逆にボロっちー自転車に乗っていれば、年収ン千万円の家庭に育っているおぼっちゃまでもみすぼらしく映るのだ。
それがテレビという魔物。
全ては編集次第ということを、視聴者である私たちは知っておかなければならない。
ちょっとは宣伝になるかな・・・。
場所を提供した宿舎は、恐らくこんな軽い気持ちだったはず。
高野連の指定といえども商売だ。
それだけでメシが食えるわけではないのだから。
全ての責任は、番組の制作サイドにある。
ただし、今回の反応はいささか過剰過ぎる感が否めない。
もし私が件の球児なら、懐かしく、また自身の思い出として笑いながら楽しんだだろう。
それを侮辱と称して、神の如く裁いてみせた高野連。
あんまり調子に乗り過ぎないようにね・・・。
この一言だけ、あればよかったと思うのだが。
さぁ、やっと一週間が終わった。
来週から、いよいよ本格始動だ。
あの人と過ごした夜。
思えば、まだ数日しか経っていない。
瞼を閉じると、鮮明に蘇ってくる情景。
私の日常は、いつでも愛する人とともにある。
また逢える日を楽しみに、これからも頑張ってゆこう。
ステキな記憶を与え続けてくれるあの人へ、感謝の気持ちを忘れずに・・・。