日当たりや風通しがよく、美しい花々が咲き乱れる自慢の我が家。

祖父の代から庭の手入れを怠らず、四季折々の風情は道行く人々の目を楽しませてきた。

手塩にかけて育てた草花たち。

それが私たち一家の誇りであり、また生きがいでもある。

しかし突然、降って湧いたようにお上から通知が届いた。

我が家のすぐ隣の空き地。

そこに大きな役所を建てるという。

自宅を取り囲むように植えられた、可愛い草花たち。

その一部分でも日当たりが阻害されてしまうのは、非常に困る。

私たちは意を決してお上に掛け合うのだが、天の声は無情にも聞き入れてはくれなかった。

あなたたちの気持ちはわかる。

しかし役所は住民にとって必要な建物なのだから、わがままを言うのはどうだろう。

それに日当たりが悪くなるのも、ごく一部。

庭の大部分はこれまで通り、美しい花々で埋め尽くされるはずだ。

もちろん影響は最小限となるよう、努力する。

とにかくこれはもう、決まったことなのだから。

日照権や風通し。

今まで通りの環境を望むのは、果たしてわがままなことなのか。

私たち一家の誇りであり、生きがいでもある美しい庭。

その維持を主張するのは、本当に公共性の観点から外れてしまうものなのか。

庭の手入れはあくまでも趣味の範疇で、生活に多大な影響を及ぼすものではないと決め付けられてしまったのが、たまらなく悔しい。

私たちはこの先、いったいどうしたらよいのだろう・・・。

我々の主張は、これと似たようなものかもしれない。

数日前に発表された、とある省庁に対するパブリックコメント。

残念ながらその回答は、お上の論理でしかなかった。

具体的な数値を示して反論をぶつけても、まず導入ありきという考え方が見え隠れする。

これは落としどころなど存在しない、やるかやられるかの大喧嘩。

そのコメントには私の実名もしっかりと記載されているので、これからも推移を見守っていきたい。

週末のお天気。

もうこれ以上、荒れてほしくない。

本来ならば気持ちが高ぶっている頃なのだが、そのせいで少々気が滅入る。

今までの人生で辛かったことや悲しかったこと。

それら全てが、あの人と出逢ったおかげで報われた。

長雨は身体だけでなく、心も濡らすのだ。

今はこの想いが天に届くよう、精一杯の祈りを捧げたい。