今頃は専門学校を卒業して友達のところへ引っ越し


いくばかりかの洋服と靴、カラーボックス一つ、小さい折り畳みテーブル


エレキギターとキーボード(貧乏なのになぜか持っていた)


これから始まる極貧生活に構えもせず


なぜなら、専門学校時代は学校の上階にある寮に住んでいた


6人で8畳ワンフロア


冷暖房もなく、お風呂もなく


3分100円のコインシャワー


節約の為、洗面器に水を溜め


コインを入れる前にシャンプー、身体を洗い


最後に一気に流す


結構みんな貧乏で同じことやってた


8部屋くらいシャワー室があるのだけれど


一斉に使うと出が悪い


22時半門限。外にシャワー室があったため


ラストは大混雑


たまに壊れててハズレのシャワーもあり


ほとんど水だったり


携帯電話もない時代


公衆電話が置かれていたが


夜は木箱に入れられ鍵をかけられる


入学時に登録した実家か親戚の家にしか外泊は許されず


たしかに何人か脱走したり、ちょうど宗教で話題になってた時期だったから


入信して帰ってこなくなった子もいたなぁ


ちなみに中野


ゾウとか踊ってた


親から預かってるからかなり厳しかったよ


でも今思い出すとなんか楽しかった


貧乏さえも


土曜日、娘は無事ほぼ定刻通り帰国


ほっとしました。


そういえば娘が渡米中ず~っと体調が悪かった私


アッ


またかな?


妹の一人目お産の数日前、私に卵巣腫瘍が見つかり


妹のお産中、私は手術


二人目のときも扁桃腺が化膿


お盆だったため、入院できず


毎日7時間の点滴5日間


妹の退院と共に回復


数えればかなり


実家のだれかが入院したり、怪我をするとそれ以上のことが


私におきます


まぁ私痛みに強いから大丈夫なんだけど


娘が無事帰ってきてなによりです

19日㈫仕事からの帰り


携帯がなりJTBですが松本那摘さんのお母様ですか?


今お時間大丈夫ですか?


えっ?なになに(かなり動揺)


娘は月曜からロスへ行っている


何かあったんですか!?


実は


事前にお配りしたスケジュールに誤りがありホテルが違っていました


あぁぁ何もなくて良かった


かなりびっくりしました


そして昨日娘から元気な声で電話がありました


さらにほっとしました