| 子供を寝かしつけている時に、ふと思い出していた。 セッションでのことを 幼い頃、昼寝をしていた私。でも、直ぐに目が覚めてしまい、一人っぼちだと気付き母を探し回る私。玄関に行くと見えたのは母と兄が手を繋いで歩いて行く2人の後ろ姿。私は狂ったように泣き叫び、誰にも気付かれないで泣き疲れて倒れこみ寝てしまったのか、その後の事は覚えていなかった。 この記憶は、ある時に甦っていたものだった。 セッション中にも出てきたのは、その頃の自分を癒すため。 また思い出したのでゴールドの光で癒してみたら、弟の存在が気になった。 そうだ、私は弟にヤキモチを焼いていた。 私は言葉を話さなくても、人は気持ちで通じ合えると感じていた。 だから、どうして大人は気持ちと違う事を言うのだろうと、大人に対して不信感を持っていた。 私と違い弟は、キチンと挨拶もお礼も言うし可愛い顔をしていたので誰からも可愛がられていた。 私はもっと母に甘えたかったけど、弟の存在で余計に甘える事が出来なかったのだ。 (そう思い出した時に涙が溢れて来た) 父には可愛がってもらったり、遊んでもらった記憶や思い出があるけれど、母との事は記憶も思い出せない。 私は母に甘えたかったし、母にかまってもらいたかった。 (涙が止まらない) もし、私が女で産まれてこなくて男で産まれてきたら、母に愛してもらえたのかもしれない、と感じた事もあったようだ。 人とのコミュニケーションの取り方が苦手で、心も独りぼっちだったけど、自然に囲まれて育ったので大人には見えない物と遊んでいたのかも。小さい頃によく金縛り⁈ になってたな。よれも関係あるのかな? そして周りの人達ちに自分を理解してもらえず、殻に閉じこもり自分だけの世界に入っていったよう。だから眠る事が1番の自分自身の開放だったし、自分の世界に居る時が楽しくて人の話なんて聞こえない。そう育ってきたなぁ。 幼い頃に素直な気持ちを伝える事が何よりも苦手で、独りでとても寂しかったね。 今、胸に抱きしめている息子には、同じような寂しい想いはさせないようにしようと強く感じた。 息子が誕生してくれた日から、毎日毎日言っている『愛しているよ。ママの処に産まれて来てくれて有りがとう。元気に居てくれて有りがとう。』これからも、ずっと続けよう。息子が私の手元から巣立つまで。 | |||