スーパーの棚をなにげなく眺めていたら、「みやこいち」が有りました。
まだ元気でいたのか、これを見ると貧しくも(今も貧しいけれど)夢多き「昭和」を想い出すのです。
何それ?
ごもっともですよね、いきなりですものね。
商品名は、「都一 中華そば」。
まず「都一」と私の歴史をさかのぼってみたいと思います。
時は元禄15年・・・までさかのぼりませんが、そうですね、インスタントラーメンの黎明期、
東京オリンピックをはさむ、昭和30~40年代前半というところですね。
メジャーだったのは、
日清のチキンラーメン、これは今も知らない人は居ないと思います。
それから、「ぶたぶたこぶた おなかがすいた ぶー」のエースコックワンタンメン、
「雨が降ってる日曜日 ぼうや泥んこなぜ泣くの」の明星即席ラーメン
カップラーメンはおろか、「サッポロ一番」も「出前一丁」も「チャルメラ」もなかった頃です。
これらにもずいぶんお世話になりましたが、その頃いちばん馴染みだったのは「都一」でした。
いわゆる「乾麺」です。
パッケージの字がなんともいえません、「そば」の字が蕎麦屋ののれん風に書いてあるのです。
そういえば、今は少なくなりましたが、蕎麦屋でラーメンは当たり前でしたね。
「サッポロ一番」と比較すると、一まわり小さく、1袋に2食分入っています。
原材料名 : 小麦粉、かんすい、食塩
これだけ。
一方のインスタントラーメン(以下「袋麺」という)には、
ラード、植物油脂、加工でん粉、トレハロース、酒精、発酵調味料、蛋白加水分解物、炭酸カルシウム、レシチン、酸化防止剤、増粘多糖類、クチナシ色素、(原材料の一部に乳成分、大豆、ゼラチンを含む)
と、おどろおどろしいもので、平均すると10~12行を費やしています。
スープの分を差し引いても5~6行。
「都一」はたったの1行、9文字。
たったこれだけで激動の昭和、平成を生き延びてきたのです。
同社のHPを見ますと、創業昭和5年、一貫して千葉市を拠点としていることを知りました。
本社工場はウチからすぐ近くに有ります。
ある時工場を見に行ってみました。結構大きい工場です。
ラッカセイ畑とサツマイモ畑ばかりのこんなところで、細く長く「都一」は作られていたのです、操業規模から、まだまだ愛好者は多いのかもしれません。
調理は簡単、茹でるだけ。
だけど、袋麺のようにスープが付いていませんので、別に用意する必要があります。
幸い、こんなラーメンスープ単品が市販されているので、それを利用することにします。
このラーメンスープは意外と高くて、1袋78円とかの値段が付いています。
麺が115円(2食)でしたから、西高東低ならぬ、スープ高麺低です。
もっとも、(ちゃんとした)ラーメン屋で仕込みに一番手間がかかるのがスープらしいので、それも有りかななんて思うのです。
ただし、しょせん「都一」ですから、職人が命をかけたようなスープはかえって似合いません。
でも、あの当時スープはどうしていたのでしょうか。
袋スープは当然無かったし、顆粒の鶏がらスープも無かったし。
記憶力が良い私にもどうしても想い出せません。
茹で時間は、袋麺よりやや長く4~5分。
丼は普通のラーメン丼ではなく、意識的に「うどん」用の丼を使用します。
私が「都一」を常食していた頃、ウチにはラーメン丼が無かったのです。
したがって、「都一」は、なんとなく有った「ありあわせ」の丼でないと往時の感動は表わせないのです。
具も何もない「かけラーメン」。
添加物抜きの「中華そば」。
装飾が多すぎて根幹がよく見えなくなり、漂流しかねない世情にあって、ふと立ち止まらせてくれる味でした。




