ああ友よ、そんな調べではだめなのだ!
声を合わせてもっと楽しくうたおうではないか、
もっとよろこびにあふれる調べで!
’Freude’(独語:フロイデ)
歳の暮れにはお馴染みですね、ベートーベンの交響曲第9番「合唱付き」です。
師走というくらいで、老若男女皆あわただしい時期にこんな長大な曲にお付き合いできるのは、余程の身分な方々に限られるのでしょうか、でも、マスメディアなんかで一部のフレーズを流しているのを耳にはさみ行く年を想うときもあるかも知れません。
交響曲ですから4楽章編成です、でもその一々が長くてくどい。声楽が登場するのは第4楽章の途中からです。
あれだけの大人数をなすすべもなく控室に待機させるなんて、普通の音楽プロダクションの感覚では、いらいらするような場面ではないでしょうか。
余計なお世話でした、すみません。
本当は第1楽章からきちんと順に聴いていかないと楽曲の良さはわかりませんけれど、覚悟を決め、腰を据えて聴き始めても途中で、ん~、となってしまう不幸な交響曲です。
手元にあるのは、クラウディオ・アバド指揮、ウィーンフィルハーモニー管弦楽団の演奏。
演奏時間は、17:10+14:14+17:01+23:56=トータル72分。これだけの時間があれば家事も相当はかどりますし、男女の愛情の確認行為をするにも充分です。
自分には無理だよ、年賀状も書かなきゃいけないし、大掃除もあるし、正月飾りやおせち料理の準備もしなければならないし、子供のお年玉をどうするか最大の難関をクリアーしなければならない。
あなたは淋しい生活です。この歳末こそ高らかに’Freude’と歌いあげたいと思いませんか。
未曾有の自然災害も有りました、不可視な社会動静も果てがありません。
どんなことがあろうとも、私たちには、乗り越えていかなければならない運命があります。
自分のためだけではありません、世代を継なぐ子供、孫、唯一最大の理解者である配偶者、家族、近親者、仕事上での理解者。
人は憎しみで成長できません。悲しみに浸っていては停滞するばかりです。
人それぞれの想いは様々です、一括りにしようなどと微塵も思っていません。
けれど喜びの歌は誰にも否定できないのではないでしょうか。
特別に全曲を通聴することは必要ではありません、
’Freude’のパッションがお伝わりになれば充分です。
お忙しい中刹那を割いていただき第九に想いを向けていただければ、忘れ、置き去りにしがちな大切なものへの想いに回帰できるのではないでしょうか。
どなたが普及されたか存じませんが、年を送り、また年を迎える時を象徴する響きです。
でも、全曲を聴くのはやはり大儀かな、こんな俗人にも喜びの歌’Freude’は届いてくれるでしょうか。