こんにちは〜

今日も朝から雨が降っています。冷えますね悲しい


早速ですが、入院前に行った浅草のお詣りの続きを記録したいと思います。年内に完了するか怪しくなってきました不安もはや夏休みの宿題状態、ラストスパートですあせる一日でよくこれだけの寺院を巡りましたあんぐり


さて、合羽橋商店街で全身ゴールドの「かっぱ河太郎像」を拝んだ後「矢先稲荷神社」へ向かいました。こちらでは浅草名所七福神の福禄寿を祀っています。「幸福、財宝、長寿」の神様ですから、お詣りしない訳にはいきません指差し

矢先稲荷神社は、1642年に徳川家光の時代に京都東山の「三十三間堂(蓮華王院)」を模して、武術振興、国家安泰を祈念して「浅草三十三間堂」を建立した際にその鎮守として創建されたそうです。 

堂内では弓の射技練成のための「通し矢」が行われて勝てば武士の名誉という事で大変流行したそうです。弓の的先にあったことから「矢先」と名付けられたそうです。稲荷弓先神社にこのような絵がありました。小さくて見えづらいのですが、的の向こうに鳥居がありその先が弓先神社ですね指差し

通し矢」は幅2.5メートル、高さ5.5メートル、長さ120メートルの空間を南から北へ、矢を射通す競技だそうです。中でも「大矢数(おおやかず)」という種目は、暮六つ(午後6時)から24時間、約1万本の矢を射続けて的に当てた数を競う過酷な競技だったようです不安でも京都の三十三間堂では新春に大会が催されているそうです。昔のように徹夜で弓を引いてらっしゃるのかは定かではありませんあんぐりあせる


京都の三十三間堂に話を少し戻します指差し
その歴史は1164年に平清盛が天台宗の本堂として建立したことに始まるそうです。120メートルもの長い本堂の柱の間が「三十三」あることに由来して三十三間堂と呼ばれ、堂には1,001体もの千手観音立像が祀られています。千手観音と言いますが、実際には42本の腕で、合掌する2本以外の腕で、それぞれ天国から地獄までの25の世界を救うので25×4で1,000になるという解釈だそうです。あらゆる状況下の人を救おうとされる大変慈悲深い観音様ですね写真を見るだけで圧感です。是非ともお詣りしたいです看板持ち

▼京都の三十三間堂

「週刊ニッポンの国宝100」より


浅草三十三間堂はというと、大火で焼失し深川で再建されるも1855年には安政江戸地震で一部倒壊したまま、1872年には廃されたそうです。その後、本尊の千手観音像と本文書が正覚寺に移管され、本尊は1923年の関東大震災で焼失してしまったそうです悲しい


▼今はなき深川三十三間堂の絵

国立国会図書館HPより 歌川広重作


最後に、矢先稲荷神社の御朱印です指差し飛び出すハート

ちゃんと的の絵が入っていますね!


ちなみに、大阪・葛井寺には、大小1039の腕を持つ日本最古の千手観音菩薩坐像があり、奈良時代、聖武天皇の頃に作られたそうです。こちらもいつか是非お詣りしたいですね看板持ち


年末の断捨離の方は亀のような速度で少しずつ、今日も進めました。諦めた資格試験の本の数々、まず問題集から捨てる事にしました悲しい

本の整理をする中で、みうらじゅんの「マイ仏教」という本を読み返してしまいました。京都出身で小学生の頃から仏像にはまり仏教系の一貫校に進学、時を経て仏教への独自の解釈を語っており、なるほど!と思ったり、くすくすと笑ってしまいます。

息詰まった時などに読むと、なぜか心が軽くなりほっとするように思います指差しこのような本はまだしばらく取っておきたいと思います。


寒い夜、どうか温かくしてお過ごし下さいませ看板持ち