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自民党総裁選「小泉ジュニア・パー次郎」
自民党総裁選挙が注目されています。当選者は、日本の首相になるのですから当然です。
マスコミの下馬評では、「小泉ジュニア・パー次郎」が当初から注目されていました。
しかし「パー次郎」は、内政に関しても、外交に関しても、中身のある発言をしたことが有りません。
おふざけ芸人の場合には、飽くまでも演技でふざけるのですが、「パー次郎」の場合には、演技では無くて、芯からピンボケ、低知能なのです。総裁選に出馬するどころか、国会議員に成ること自体が不適当なのです。
日本の現状では、固い選挙地盤を継承していれば、本人の人格や知能に拘わらず、二世三世議員が続出してしまっています。これは日本の最大のウィークポイントの一つと言えるでしょう。
奈良県警と安倍元首相狙撃犯とはグルか?
安倍元首相の暗殺事件では、警備陣の手抜かりや不備が指摘されています。
しかしその種の報道を、そのまま信じて良いのでしょうか?
「警備陣の手抜かりや不備」という指摘は、奈良県警に「警備しようという意図」が存在し、その目的のための実行部分に、手抜かりや不備が有ったという意味に成ります。
しかし、警備の実情から言えば、「警備しようという意図」が存在したとは甚だ考えにくい状態でした。
「一応警備したことにして、実際は何もしない。何が起きても、責任を問われた前例はないのだから、後は野と成れ山と成れ」というのが、奈良県警への「比較的好意的な解釈」に成ると思われます。
最重要な警備対象が暗殺されても、警備陣は何も責任を取らず、警察庁長官は円満退職で退職金がっぽり。
「比較的好意的な解釈」は、必ずしも適切では無いように思われます。
安倍元首相の暗殺を防げなかった警備陣は、何故糾弾されないのか?
事件でほくそ笑んだ政治家が多過ぎはしないか?
安倍元首相の暗殺事件は、世界中に大きな衝撃を与えました。
事件の映像から容易に判断できるように、この事件は、手口が巧妙だったのでは無くて、警備が不手際であった、もっと言えば、実質的に何も警備してなかったことが原因でした。
事件後に、政界の有力者は、何れも、犯人を非難し、事件は残念であったと発表しました。
1億人の中に、変な人物が居ても不思議では無く、そういう人物の凶行を防ぐために警備陣が存在するはずですが、警備陣の不手際、無能を批判する有力者は居ませんでした。
これは甚だ奇妙なことです。
別に特別な詮索をしなくても理由は明らかです。
野党だけでは無く、与党の有力者の多くも、強力な政敵が消されたことに、ほくそ笑んでいるのです。
文明国で、このようなことが有って良いのでしょうか。
アフガンに於ける、米軍撤退と、それに伴う親米政権のあっけない崩壊は、世界中に注目されました。
対米協力者のアフガン人に関しては、かなり多数が米軍機で脱出したが、なお多数が置き去りにされているとも報道されています。
ここで翻って、日本に於ける米軍占領の終了時はどうだったのかを見てみましょう。
1952年=昭和27年4月28日に米軍(等)による占領が終結した際に、占領下で報道出版界に対して強烈な検閲統制を行ってきた担当者達はどうしたのでしょうか。検閲統制のトップは勿論米国人ですが、実行に際しては日本語に堪能でなければ不可能ですから、多数の日本人が下働きをし、中には米軍トップにすり寄って、検閲統制に重要な役割をしていた日本人も相当数居たはずです。
それらの「対日検閲・報道統制官」たちが、1952年=昭和27年4月28日前後に、米軍の飛行機や船で日本を脱出したという話は聞いていません。
それどころか、日本人の「対日検閲・報道統制官」を告発し、糾弾するという意見や主張も極めて乏しく、国会等の場で議論されたという話も聞いていません。
これは非常に不思議な現象です。