エディット・ピアフ Edith Piaf
~”je ne regrette rien”(私は何も後悔しない)~
職業:シャンソン歌手・作詞家
出生名:Édith Giovanna Gassion エディット・ジョヴァンナ・ガション
誕生:1915年12月19日 フランス・パリ・ベルヴィル
逝去:1963年10月10日(満47歳没) フランス・リヴィエラ・プラスカシエ
【Birth】誕生数 ~深層意識/持って生まれた資質、才能、潜在能力~
◆♯11-20-2◆ 霊性/霊的感受性/相対
エディット・ピアフ(出生名:エディット・ジョヴァンナ・ガション)は第一次世界大戦中の1915年、
曲芸師の父とシャンソン歌手の母のもとに生まれました。
生後間もなく母親に捨てられ、その後は祖母が経営する娼館に住む娼婦たちに育てらると
いうこの壮絶な生い立ちと経験は、ピアフの人生観や人格に大きな影響を与えることになり
ます。
ピアフは3歳~7歳にかけて一時的に視力を失います。
しかし、奇跡的に視力が回復するという体験により、生涯“見えない力の存在”を信じ続けます。
人のエネルギーや天からのバイブレーションを享受した証ともいえるこの出来事ですが、
ここでもマスターナンバー#11の人に与えられた“神秘の力”を垣間見ることができます。
また、#11は“ダブル1”と“2”の要素をもち、“1×1”はひらめきを行動に移す力や自己表現力に長け、野心とバイタリティー持って様々なジャンルでその力を社会に発信していくことを
目的とし、“2”は感受性豊かで流行を取り入れるのが上手なので、芸術方面でもそのイメージを具現化していくことや、女性的な優しさや受容性で安らぎや癒しを与える才能があると言われています。
ピアフはそれらの数字の特性通り、その類まれなる芸術的感性と才能を開花し続けました。
そして鋭い直観力と素早い決断力で、その歌が「流行るかどうか」を天才的に見極めることでも有名で、この力こそ#11が持つ“直感を使って高次元からのメッセージを受け取り三次元に伝えること”すなわち現実世界と精神世界を結び付ける“天と地の橋渡し”を実現していたのだと感じます。
このように#11も#2も感覚的に物事を捉えることが得意な性質を持っています。
その資質がよい状態で発揮されると相手と対等に共存共生できるのですが、一度バランスが崩れると、優柔不断になり行動や言動に一貫性がなく内面的に悩まされます。
ピアフの場合、わがままで様々なトラブルを起こしてはメンタルが不安定になり、特に恋愛では相手との境界線が上手に量れず全てを受け渡してしまうなど、その依存体質や情緒不安定な部分が病的なまでに露呈しました。
幼少期のトラウマからか、いつもなにかに対して愛を渇望していたピアフ。
その寂しさが埋めれずバランスを崩すと、#11と#2のa-matureが暴れだすのでした。
その一方で、ピアフの人生を振り返ってみると、1の“男性性”と2の“女性性”という相反する性質を、それぞれ“仕事”と“恋愛”という別のステージで発揮していたようにもみえます。
無意識だったのかもしれませんが、こうして潰れそうになる心のバランスをとっていたのかもしれません。
このようにマスターナンバーを持つひとは、現実世界ではなかなか受け入れにくい“閃き、霊性、神聖、メッセージ性”という観えない力が強く影響することも多々あります。
その分、人生においての葛藤やアップダウンが激しいことも示唆されますが、自分の感覚を信じて、その真理を善悪を度返しした観点でとらえて学ぶことが人生で求められています。
ピアフも、仕事や恋愛で自分を偽らずに生きてきたからこそ、生涯“ほんとうに好きなもの”
だけに囲まれながら過ごすことができたのかもしれません。
【Destiny】運命数 ~表面意識/使命や目的、仕事~
◆♯15-6◆ ライフワークを獲得する
その魅力的な歌声を活かし、ピアフは7歳頃から路上で歌うようになります。
まさに#6の特徴でもある“芸術的才能”を発揮し続け、音楽界を登りつめます。
そして名実ともに力をつけたピアフは、自らの歌手という立場と平行して、数々の若き才能を発掘し続けるプロデューサー業にも力を入れていきます。
これもまた#6の“献身的に愛を捧げ”“人を育てる”という性質が表れていたのだと思い
ます。
【Soul】ソウル数 ~魂の欲求/価値観、深層心理、恋愛~
◆♯11-2◆ 神秘的な力、愛とは尽くすこと、パートナーシップ
幼少期に失明の危機から救われた「奇跡」、下町の雑踏から才能を見出される「運」。
それらの導きは、ピアフの持つ見えないものへの信仰心からだけではなく、自らの運を引き
寄せる神秘的な力が宿っていたからなのではと感じます。
そしてピアフを語る上で数ある恋愛遍歴は外せませんが、愛し愛される実感が得られないと、生きている実感が得られないほど恋に落ちると有り余るほどの愛情を注ぎ、相手に尽くしてきたところも、#11の豊かな感受性と共依存の両面が出ていたのではないかと思います。
またナチスドイツがフランスを占領した戦渦の中では、レジスタンス運動に協力し多くの捕虜たちの命を救うために、自分の立場を最大限に利用して社会に貢献するなど、勇気ある活動もしていました。
このように#11の人が迷いを断ち切り決断するときには、様々なことを創り変えていく強靭な
エネルギーが生まれるのも特徴のひとつかもしれません。
【Personal】人格数 ~社会的仮面/第一印象、他者に映る自分、幼少期の自分~
◆♯13-4◆ 死と再生
障害の多い厳しく劣悪な環境下で、生きる手段や母の愛を知らずまともな教育を受けれなかったピアフ。
なかなか埋まらない自己愛に苦しみ、特に恋愛関係にある相手には過剰なまでの愛情を求め続けました。
それはやはり、幼少期に刻まれた満たされない愛の記憶がずっと影響していたのではないかと思いました。
#13-4の人は、必要のなくなった観念を手放せたときに生まれ変われる(リフレーム)運命をもっているのですが、感受性の豊かなピアフにとって、そのとてもナイーブな部分と向き合うことはなかなか難しかったのかもしれません。
【Realization】実現数 ~今回の人生での可能性や実現性~
◆♯8◆ 開拓と挑戦
ストリートシンガーだった不遇の時代も、一躍成功し世に名をはせたあとも変わらず、常に
バイタリティーを持ってパワフルに行動し、地位・名誉・富を手にしていきました。
【Stage数】 ~活躍の舞台・ライフワーク~
◆♯10-1◆ 直感、創造
20歳の頃のピアフは愛娘を亡くし失意のどん底にいましたが、同時期に突然のスカウトに
より歌手デビューが決まるという幸運が訪れます。
この大変革こそ、#10の持つ“スピリチュアルホールのエネルギー”ともいえます。
この出来事をきっかけに、ピアフは精神的な充足感と経済的安定を手にし大成功を収めますが、晩年は歌手だけではなく演劇やプロデュース業など、#10の特徴である直感と独創性を存分に活かしていきます。
また、ピアフの活躍の場はその後フランスに留まることなく遠くアメリカにまで拡がり、音楽界の第一人者として数々の成功も残していきました。
【Challenge数】 ~人生における課題~
◆♯17-8◆ 自己信頼
アルコール依存症、麻薬中毒症、度重なる交通事故、浪費癖、恋愛依存症。
すべては自己肯定感を高め、何かに依存せず自我のパワーをコントロールすることで防げたはず。
外側に求める幸福が全てではないこと、内面の豊かさを経験することが#17-8を持つ
ピアフの課題でした。
【Nature 数】 ~素の性質~
◆♯9◆ 博愛、複雑な二面性
#9の特徴でもある“思いやり深く包み込む人柄”は、かつての愛人マルセルが逝去した後
3人の遺児たちへの惜しみ無い援助にも表れていました。
また、#9は母親とのつながりから学びを得る数字でもあります。
月の影響を多大に受ける#9の特徴もあったと思われますが、恋愛において愛情を渇望する姿や常に感情が激しく揺れ惑うなど、母親から捨てられた記憶に刻まれている愛情へのトラウマにも、原因があったのだと思います。
心のなかの記憶と現実を切り離し自己再生をしていくことで、“愛”というものへの葛藤も越えていけたのだろうと思います。
【Action数】 ~行動パターン~
◆♯7◆ 独創性、探究心、表現していく、精神性
最愛の人を失った喪失感で、恋とお酒とドラッグに溺れ、破天荒な生活を送り、身体を壊していくピアフでしたが、自分を傷つける生き方と引き換えに、凄みと切実さの増す歌声で人々を魅了していきます。
このように、なにかに耽溺してしまう一方で独創的な表現力へと変換できるエネルギーは
#7の持つ不思議な才能といってもよいのかもしれません。
命を削るように歌う姿にファンは熱狂的な愛情を送り、ピアフはその愛に満たされることで
精神のバランスを保ち生きることができていたようにも思えました。
【Type2】
◆Support(サポートする力/何かを支援する力):5
『自立を促し、相手の勇気ややる気を喚起する』
ピアフに才能を見出され出世していった男性たちは、ピアフが次の恋に落ちて自分の元を
離れていっても友人関係を続けていくほど、彼女から受けたどこまでも純粋な愛情に心から
感謝していたのだと思います。
◆Make Mode(ムードメーカー/雰囲気をつくる力):1
『リーダーシップ、オリジナリティー』
オールド・スタイル・シャンソンの確立者であったと同時に、世界中の人々が「シャンソン」と聞いて、イメージする音楽スタイルを確立したアーティストでもありました。
◆Balance:-6 (※±5以上はその影響が強く出るので大変である)
人生において、沢山の経験から気づきを得る。
≪History≫
【0-34歳】
Cycle Numbers#3:発展、表現、新しい可能性、デビュー
Pinacle#4:基盤づくり、現実化、安定
Challenge#2:イメージの具現化、パートナーシップ、自立
・1915年(0歳:year cycle #20) 12/19 軽業師の父と大道歌手の母との間に誕生
・1930年(15歳:year cycle #17) この年より父と別れ一人で歌い始める
・1933年(17歳:year cycle #19) 2/11 娘を出産
・1935年(19歳:year cycle #21) 7/7 娘が死去
路上で歌っているところをナイトクラブオーナーに見出され、
「モーム・ピアフ」の芸名で歌い始める
・1936年(20歳:year cycle #22) 2月 「異国の人」「情婦たちの歌」でレコードデビュー
4/6 恩人が死去 ピアフは一時、容疑者として取り調べを
受ける
10月 「バラ色の人生」を録音
・1947年(31歳:year cycle #24) 10月 アメリカ進出
マルセル・セルダンと出会い、人生最大の恋に発展する
・1950年(34歳:year cycle #18) 1月 「愛の讃歌」創唱
【35-43歳】
Cycle Numbers#19-10-1
:エゴの解放(#19)/オリジナリティー(#10)/独創性(#1)/インスピレーション(#0)/変容(#9)
Pinacle#17-8:自己信頼(#17)/男性性、行動力(#1)/探究心(#7)/コントロール(#8)
Challenge#6:欲や執着を断ち切る、愛から学ぶ
・1950年(34歳:year cycle #18) 5/2 「愛の讃歌」録音
・1951年(35歳:year cycle #19) 交通事故にあい大事故、麻薬に溺れ始める
「パダン・パダン」「あなたの目よりも青く」を創唱
・1956年(40歳:year cycle #24) 1月 NYカーネギーホールにフランスシャンソン歌手として
初出演
5月 「オートバイの男」をオランピア劇場で創唱、「枯葉」
録音
再度、アルコール中毒で入院
【44-52歳】
Cycle Numbers#19-10-1
:シェア(#19)/再誕生(#10)/開始(#1)/インスピレーション(#0)/変容(#9)
Pinacle#12-3:コラボレーション、パターン打破(#12)/あふれる創造力(#1)/マルチ(#3)
Challenge#4:感情と論理の調和、秩序を保つ、固定概念からの脱却、エゴのそぎ落とし
・1960年(44歳:year cycle #19) 10/5 シャルル・ディモン、自作「水に流して」を持って訪問
「ラ・ヴィ・ラムール」「愛の言葉」録音
・1963年(47歳没:year cycle #22) 3/18 リール市オペラ座にて生涯最後のステージ出演
10/10 エディット・ピアフ死去
リヴィエラで47年の生涯を閉じる
≪リーディングの感想≫
愛の賛歌、魂の叫びのような、どこか泣いているように聴こえる独特な歌声、その程度の知識しかなかった彼女のことを何故わたしは卒レポに選んだのか、、、いまは分かります。
どんな逆境の中でも自分を信じぬき臆することなく突き進む情熱。むき出しの感情をストレートに表現することへの覚悟と勇気、そこに罪悪感をもたないこと。そしてなにより、ありのままの自分を愛することに恐れを抱かないこと。きっとこのメッセージを受け取るためだったと気づかせてもらいました。
AIONSでの出会いと学びがなかったら、いまの私はいません。
このような機会をいただけたことに心から感謝します。ありがとうございました。
M.M. |