速報を告げる音



繰り返されるアナウンス



崩れ落ちた家



迫りくる波



避難誘導をする係員



繋がらない携帯電話



慌ただしいテレビ局



立ち上がる炎



ひび割れた地面



受け入れ準備の進む避難場所



足止めを食らう人



怯える人



...地震という名の恐怖







.




誰か他人に

親切にした後は

快感を味わう事が

出来るものだ





親切な行為や善行そのものが

快感であると

いうわけではなく






その行為の後に

自分が少しだけ聖人とか

清い者とかに近づいた

ような気分を味わう事が

出来るからだ







しかし

普段の生活の中で

私たちが親友や知人に

親しくする場合には

それもまた善行だ

などとは意識していない




まったく自然に

良い事をしているし

そして

その行為によって

自分が清い者になったような

気分を味わう事すらない





けれども

こちらの行為の方が

親切を意識した行為よりも

はるかに真実の愛と心に満ち

上位にあるものなのだ




怒りっぽい人

神経質な人は

まさにそういう性格を

持った人であり






そのような性格は

ずっと変わらないものだと

私たちは信じている








そこには

私たち人間が

成長しきったものである

という根強い考えがある




人の性格は

変えられないと思っている






しかし

例えば怒りというものは

いっときの衝動だから

自分で好きなように

処理できるものだ




怒りをそのまま面に出せば

短気な人間の振る舞いになる






ところが

他の形に変えて

外に出すこともできる

抑えこんで

消えるまで待つこともできる






怒りのような衝動の他に

自分に湧いてくる

他の感情や気持ちもまた同じで

私たちは自由に処理したり

扱ったりできるのだ




まるで

私たちの庭に生えてくる

さまざまな植物や花を整えたり

木々の果実を

もぎ取ったりするかのように




自己コントロールは自由にできる