先日、大阪のコレクターを訪問し、ドンゼラーグ1711年モデルのマルコム・ローズ製チェンバロ、1785年ロングマン製スクエアピアノ、1845年製プレイエル、1875年製ロンドンエラールなどを弾いてきました。チェンバロやロングマンのスクエアピアノは軽い鍵盤で、一方、ショパン時代のプレイエルは、想像していたよりも鍵盤が重く、驚きました。

 クララ・シューマンがパリに行って、フランスのピアノが鍵盤が重くて弾きづらいといった、と言われてますが、実体験として、なるほどとおもいました。

 

※もちろん、厳密に不織布マスクを着用し、距離をとっての訪問です

 

 その際コレクターの方と話題になったのは、フォルテピアノの演奏におけるダンパーペダルの用法の歴史的変遷です。

 

 ピアノを演奏される方はご自身の演奏を注意深く確かめるとよくお分かりと思いますが、一般的なダンパーペダルの奏法は、次の音を弾く直前にペダルを離し、指で鍵盤を打鍵した後、少し遅れてペダルを踏み込む、と言う使い方ではないでしょうか?

 

 これが、古楽器になると違うのです。

 19世紀前半までのフォルテピアノ奏法に関して、最もわかりやすい解説をしてくれているものの1つが、カール・チェルニーの「理論的実践的ピアノフォルテ教本(theoretical and practical pianoforte school)」 Op.500です。

(こちらのIMSLPページから無料でダウンロードできます)

 

 これのペダルのページ(英語版では第3部第6章、58ページ)を見てみますと、1小節、あるいは、和声の変化を単位にペダルを踏み変えるのが基本である、と説明されています。

 

次の譜例では、この例に出ているようなところで演奏効果をもたらすには、オクターブの音と「厳格に同時に」ペダルを踏み込み、そして最後の8部音符でペダルを離す、と書かれています。

 

 この、小節の頭で「打鍵と同時に」ペダルを踏み込み、小節の終わりや、和声が変わる直前に放して、また同時に踏み込む、という用法は、「リズミックペダル」と呼ばれるもので、足踏みのダンパーペダルが一般的になり、ペダルの使用が増えた頃の主流の使用法で、19世紀後半に現代的な「シンコペーションペダル」が取り入れられるようになっても、共に広く用いられていたものです。

 日本語訳されている書籍ですと、ニール・ペレス・ダ・コスタの「ブラームスを演奏する」に説明があります。(日本語版では59ページ)

 

 この「打鍵と同時に踏む」ペダル用法の特徴と言えば、ペダルを踏み変えるところで音の区切りがついて、隙間が出ることです。この隙間を上手に使えば、アーティキュレーションやリズム感の表現に用いることができそうです。

 

 モダンピアノでこれをやると(私、無意識に昔モダンピアノ弾いていた頃使ったことがあります)隙間が目立ってしまうわけですが、ダンパーの消音効果が弱く、余韻が残る古楽器においては、適度な隙間となるようです。また、初期のピアノはダンパーが軽く音の減衰が速いため、ペダル使用時と不使用時の音の差が少ない、と言うことも、目立たない理由と思われます。(「ブラームスを演奏する」60ページ)

 

 シンコペーションペダルが普及する19世紀後半〜20世紀はじめになっても、この演奏様式が残っていることが録音に記録されています。クララ・シューマンの弟子のイローナ・アイベンシュッツが1903年に録音したブラームスの有名な「ワルツ 変イ長調」がありますが、明らかにリズミックペダルを使って演奏しています。(ニールの「ブラームスを演奏する」にも説明があります)

楽器自体は既にモダンピアノになっている時代ですが、まだまだリズミックペダルが使われていたことがわかります。そして、微妙な音の隙間が、リズム感の表現として聴こえてきます。

 

 

 

 

続いて、「リズミックペダル」のフォルテピアノの演奏による参考音源です。オルガ・トヴェルスカヤのCDからいくつか。

彼女とニールは、共にクリストファー・カイトの弟子です。

 

歌うタイプの曲

グリンカ:ノクターン

(オルガ・トヴェルスカヤ、フォルテピアノ 使用楽器はヨーゼフ・ブロートマン1823年のモデルによるデイヴィッド・ウィンストン製、ウィーン式6オクターヴ半、以下トヴェルスカヤの演奏は全てこの楽器です)

 

 

 

フィールド:ノクターンイ長調

オルガ・トヴェルスカヤ

 

 

 

 

リズム感狙いの曲はこちら。ペダルを離すタイミングが絶妙です。

グリンカ:ワルツ・ファンタジア

オルガ・トヴェルスカヤ

 

 

 

 

また、現代に比べるとペダルを使う部分も少なかったと考えられ、こちらでは、ペダルを使っている部分と使っていない部分がよく対比されています。

 

ヴォジーシェク:ファンタジア

オルガ・トヴェルスカヤ

 

 

 

 チェルニーは続いて、「最近の傾向として、スケールのパッセージが右手の高音部のみにあり、左手が和音を弾く場合にはペダルは美しい効果を生み出す」(大意)と書いています。

 

こんな感じの曲といえば、先程のフィールドのノクターンではないでしょうか?


 チェルニーの著作をわずか5ページ読んだだけで、多くの情報が得られ、また、現代ピアノとの違いについて、ある程度知識を得られました。

 

 

 

 この時代のフォルテピアノ演奏法の指南書ですと、例えばフンメルも著作がありますし、コレクターさんとの話題に現れたフリードリヒ・ヴィーク(私はクララ・ヴィークにたいそう影響されており、彼女の信奉者としては欠かせないのですが。。。)や、クレメンティ、モシェレスなどが挙げられるでしょう。

 

現代では、こんな研究書が書かれています。

 

私も某大学の図書館から市民図書館を通じて借り出しまして、読みました。

やはり、リズミックペダルに関して、そちらがより古い用法であるとの解説でした。

 

ご覧いただきありがとうございました。