79 アシュラリスト bdというスタイルレリジョン

bdスタイル教。bdスタイルを教義とするゼーレ。

がらんどうなのに閉塞感を伴う予定オーバーの悲しみ、もどかしい現実。

助けてくれ?

誰が助けてくれる?

人は自分のことで精一杯。

正義感だけ強く、その実力が伴っていない、そんな男は早死にするだろう。

しかし、そんな男、俺はカッコいいと思う。

信じてはいるが信じ続けるのは難しい人間、だからスタイルレリジョン。

生は死をも含めている。悪者への対応は比較的単純だ、しかし良い振りをする奴らは厄介だ、行動が予測不能のうえ、悪知恵だけは一流だから…。そんな奴らと同一敷地内で共同生活をする。

悪い魂はカタパルト(投石機)で投げ飛ばせ!

これが自分だ。正しいと思ってやったんだ、アイツらに文句は言えないよ。

本質がぶれ、真実がぼやけ、毒が回る。毒消しは効かぬ、毒抜きも出来ない。こんな時はじっと耐え、眠れ、そして動けるまで待つ、しかない…。

痛い心は動かすな。看護する魂に寄り添え、自分でしか癒せない精神の傷口。ゆっくりと時間の包帯を巻け、確実に正直にひとすじに…。捨て身の思いやりで傷口をまた開いてしまう前に、やさしさのトゲに刺される前に。普段は見えない、「絆と縛り」、「しがらみと放蕩」の間にある厄介な気の毒。

他人の幸福には興味はない。

その幸福は本当に幸福なのか?

言葉遊びに付き合わされ、言葉の隠し絵を見せられる。いずれ悲しむ共感の先取り。あらかじめ感応する共鳴。必然的に押し寄せる後悔の共有。

感じる感じないに関わらず、人は共に寄り添うことなしには生きていけない。bd(仲良し)

地球の傾きを表現する言葉の選択。神経に触れずに避ける(よける)生き方、棘に身を投じる生き方、それも選択。見つめるものが何かで、自ずから定まる自分の規範と行動。

これあれそれどれ(指示語)に振り回され、さ迷いながら、マイナスの魂にマイナスの心をかけるとプラスの精神になる。しかめっ面(つら)の中に笑顔の隠し味。



ゼーレ・アドボカシー(社会や政府への働きかけ)



私は、宇宙の中にいる、地球の中にいる、世界の中にいる、船の中にいる、大地の中にいる、緑の中にいる、心の中にいる、魂の中にいる、子宮の中にいる。そこには誰でもが平等に、居る。


ゼーレの眼目

bd

アルファベットの小文字の「b」「d」それは互いに向き合い、「仲良し」とする。その象形は微妙にシメントリーではなく、そこに個性を置く。個性を認め合わなければ、決して仲良くはならない、そしてなれない。「仲良し」を勝ち得る戦士を「bdファイター」と呼ぼう。私は永遠の「bd Fighter」を繰り返す。それが私のQUOI(コワ)なのだ。


AEGIS シリーズ全編及び「ゼーレの眼」と画像(You Tubeコンテンツは除く)

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シンクロする曲:Jane Birkin QUOI(コワ)音譜

http://www.youtube.com/watch?v=4PtPIEW3Dhs

以上。