20 アシュラリスト クリスマス・イリュージョン
私は彼を愛していました。
「今日のデート、急に残業になった!悪いけど行けなくなった。」
「せっかく楽しみにしていたのに!その代わり今度はディズニーランドに連れてって?」
「あぁ、分かった。それじゃ。」
デートがドタキャンされても、特に疑わず、交換条件を付けては自分を楽しませてさえいた。仕事が忙しいということで、会える日が少なくなってきた。
ある日、彼の家で待っていた時、彼からの電話で
「今日、急な残業で遅くなるから、そのまま俺の家で待っていてくれ!」
「うん、分かった。栄養のつくものをと思って、沢山お買いものしてきたの・・・。」
「できるだけ早く帰るから、じゃ。」
それで電話が切れて、数分経ったら、また電話のベルがなって、でようと思ったら、留守録モードに切り変わった。会社からの電話のようだった。
「営業部のAだけど、5時前に帰ってしまったから、月曜日に使う書類を渡すことができなかった、どうしてそんなに急いでたんだ?あぁそうか!今日は金曜日でクリスマスか。まぁ、遅くなってもいいから連絡してくれ。それじゃ広報のB子によろしくな!」
電話が切れて、私は慌てて、留守録のテープの内容を消してしまいました。
「今日は、残業じゃなかったの、広報のB子って誰なの?」
買ってきたクリスマスケーキを見つめながら、イブからクリスマスに変わった午前1時ごろ、彼は帰ってきた。
「ごめんな、残業のあと、接待役を頼まれ、遅くなった。」
料理は冷えて、私のおなかがグッーとなった。
「おなかがすいていたのなら、先に食べていればよかったのに。おかしな奴だな!」
私は心の中で、「あなたと一緒に食べたかったの・・・」と。
「俺は食べてきたから、早く食事をすませれば!」
「そういえば、俺宛に電話なかった?携帯に着信通知がいくつかあったから・・・。」
私はとっさに「なにもなかったよ。」「あっ、そうか」
そして彼は口ごもりながら、「あのな俺、もう嘘をつくの疲れたよ、悪いが俺は他に好きな女性ができた・・・。」申し訳なさそうな顔の彼を見たのは初めてだった。「もう、お前とは付き合えない。」プレゼントももらえない、その代わりに悲しみだけ受け取った。
「私、知ってたよ、広報のB子ちゃんでしょう!」
彼の表情はとたんに怖い顔になって、「知っていたなら、何で俺と付き合ったりなんかしてたんだよ!!気を使って損をしたよ。」
「ごめんなさい・・・。」何で私が謝るの・・・。
☆
私の眼から涙が、彼の顔から怒りが、外からサイレントナイト。おかしいなと思っていたけど、自分の思い過ごしと信じてきたし、例えそうだったとしても、別れて孤独に耐えることも怖かった。その一言が決定的だった。その後彼と会うこともなかった。
謝罪しなければならない理由が私にあったの?
罪なくして謝罪する。
罪なくして罰せられる。*1有るにも有らず 、私の恋心。
より深く悲しくつらいクリスマス、それが余計に記憶のスクリーンに焼きつけられる。癒しのスクリーンセーバーがあれば、直ぐにも消し去ってくれるのに・・・。
今日はあの日から失恋記念日1年目だよね。よく耐えたよね・・・、いろいろな彼との楽しい思い出達に対して。電話もしなかったし、時には夢で彼が出てきて、明方、枕が涙でぬれてても心を乱さず、なびかず・・・。
ご苦労、ご苦労、私自身へ。ご苦労様でした。
ゼーレの眼
人間は自由を求めているが、弱い存在だからそれを手に入れることを躊躇する。今の私は孤独と自由が1セット、好きでそうしているわけではないのに・・・、と彼女は思っただろうか。
起こった通りに記憶するのが「真実」で、自分の思い込みによって記憶するのが「まぼろし」という。驚くこともない、また悲しむこともない、真実とはいつも消化しづらいものだから・・・。確かな愛があればいい、あなた自身に。愛の反対は憎しみだが、憎しみにでさえ愛は残っている。本当に愛がなくなると人は「無関心」になる。無関心という氷河を内面に張り巡らすことなく、生きてみたい。私はひとつの小船、居心地の好い岸がなくなってしまったら、早く新しい岸を見つけに行く。「岸を見失う勇気がなければ、新しい太洋は発見できない」(アンドレ・ジード)のと同じように、幻に変わった恋は捨てなければ、新しい恋は発見できない。起こったことを起こった通りに記憶できないことと、恋をして愛せないのは、*2食事をして消化しないのと同じことである。
*1あるにもあらず【有るにも有らず】あるともいえないほどに、非常にはかない。また、気も転倒してそこにいる気もしない。
*2「読書をして考えないのは、食事をして消化しないのと同じことである。」バークの言葉:【Edmund Burke】イギリスの政論家。著「フランス革命に関する省察」。(1729-1797)
AEGIS シリーズ全編及び「ゼーレの眼」
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