11 ミステリアスガール
いつもの通勤時間、いつも出会った娘がいた。
いつしか僕は「自分だけの恋」に落ち、見知らぬ人には悟られないように、彼女の姿を見つけるように、きょろきょろして歩くようになった。
視線のみの恋。
ここ1週間、彼女の姿が見えない、もしかして通勤場所を変えたのか?
僕は早起きをして通勤してみることにした。2日、3日試したが、空しかった。どうして遭えないのだろう。思いだけが独り歩きして、どんなにアプロディーテに懇願したことか分からない。まるでギリシャ神話に登場するアポロンからダフネを隠されたかのように、あれから彼女に1度も遭えなくなってしまった。それとも会社を辞めてしまったのだろうか。
よし!
今度会社が休みのとき一日中待って、告白してみよう!
せめて一目、彼女の姿を見ることができればそれだけで良い、だけど話もしたい。
この炎のような荒れ狂う慕情。しばし「優しさの水」に浴することができたのなら、多少はこの心が和らげられるのに…。
この激しい「恋という聖獣」に、少しの間、休息をとらしてくれ!
君の名前は何ていうの?
どこに住んでいるの?
君の年は?
僕は君のことが知りたくてしょうがない。
恋の面接官は質問だけをたくさん持っている
ゼーレの眼
「アポロンとダフネ」の物語。キューピッドのいたずらで悲劇へとひた走る二人。キューピッドによって、アポロンには「金の矢」が射られ、ダフネには「鉛の矢」が射られた。金の矢は最初にあった人を最愛し、鉛の矢はどんなに愛されても受け入れることはない。そのビーナスの息子の矢のお陰で、ダフネを口説きまわるアポロン。アポロンはオリンポス12神の一人であり、ゼウスとレトとの子である。アルテミス(月の女神)と双子の兄であり、さらに、美しい青年神で、詩歌、音楽、予言、弓術、医術をつかさどる。今でいえば、イケメン・セレブ・血統ともに非の打ちどころのない玉の輿のはずだ。
しかし、ダフネはアポロンを拒み続け、逃げ続け、そしてアポロンに捕まりそうになる寸前で、父であり、河の神ペーネイオスに懇願する「お父様、助けて!たとえどのような姿になろうとも…!!」。かくして、ペーネイオスは娘ダフネの願いを聞き入れた。ダフネの柔らかい肌はしだいに硬直し、両側に開いた腕はそのまま木の枝になり、長い髪は葉に変身した。アポロンが恋こがれ、ようやく抱き締めたダフネは一瞬にして一本の月桂樹となっていた。アポロンは3日3晩、ダフネの樹の下にうずくまって泣いた、という。
気を取り直し、アポロンは月桂樹の枝を切り、それで輪を作って冠にした。妻にはなってくれなかったが、私はお前の事は忘れない。その愛の証しに、こうしてお前の枝で冠を作り、いつまでも私のそばに置いておこう。さらに、戦場で、あるいは競技場で、抜きんでた活躍をした者には必ずお前の枝の編み物を与えて頭に飾らせることにしよう。
ダフネは「月桂樹」(ジンチョウゲ属の総称)であり、オリンピックやマラソンの際の優勝者の冠の由来となる。
「愛こそすべて」である。
大理石の彫刻「アポロンとダフネ」ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ作(1625年apollo and daphne Bernini, Gianlorenzo)では、アポロンの悲痛とまさに月桂樹への変身過程のダフネの悲哀の表情がよく表現されている(パソコンのネット検索で見られます)。
「月桂樹、能ある香草/かぐわしく美味を醸しぬ/さればとて草の冠、黒髪に戴(いただ)く人よ/ゆめ胸に忘るるなかれ、その枝に棘(とげ)あることを」(ドイツの詩人ビーアバウム)。
人は刺をよけながら恋愛することは不可能に近い、あえてトゲに刺さりながら恋愛をするのだ。そして血だらけになる。それを乗り越えて、やがて、恋人と1本また1本とたくさんの目に見えない血管が結合し、互いに血が通いあう。
「ⅠBEGINNING -MARIA- ビギニング-マリア-」で書いた「とにかく、恋をしろ、愛は後からついてくる。」にはこういう背景があった。
どうしってって聞かないで、ただ、静かに自分の胸に聞けばいい