「愛の法則」から見た十戒 19
*集団的にも、たとえばある国が他国から侵略されたとしたら、防衛する権利がありますよね?防衛権はあるが、それは常に平和的な解決策が尽きてからだ。ガンジーの例を見てみれば、平和主義者と従順な者との違いが理解できるだろう。彼はまた、暴力に訴えなくても、崇高で公正な理念に対する信念と堅固な意志さえあれば、大きなことが成し遂げられることを証明してくれている。大概の戦争や武力抗争は一朝一夕に起こるものではないし、それを引き起こしたいと思う人たちも少数派である。武力衝突の背後には一般的に、少数の者たちの利己的な関心――つまりある物を独占したいという野望――があり、人びとを騙して汚い仕事をさせるのである。好戦的な野心家どもを指導者の地位から追放すれば、すべての戦争や暴力的な紛争が回避できることだろう。*でも、ガンジーが成し遂げられたことは例外だと思うのです。たいてい、いつも強者が弱者を服従させます。それにそういう方法でも、多くの犠牲者が出ました。戦争になっていたら、もっと多くの犠牲者が出たであろう。しかも君の言う通りであっても、人生の意味は政治的な闘争にあるのではなく、霊的進化にあるのだ。それに、ある国が他国を不当に侵略していると君たちが思い、結局は強者が弱者を支配するのだとの結論に至ったとしても、今日の被侵略者が昨日の侵略者であるかもしれず、過去にやったことを経験している可能性もあるのだ。人類の歴史を振り返れば、民族間の闘争は途切れることなく続けられてきたが、時代によって、抑圧者と被抑圧者の立場は入れ替わってきた。抑圧された民族は、ごくたやすく抑圧者となる。以前そうでなかったのは、抑圧者になりたくなかったわけではなく、単になれなかっただけだからである。そしてこれは、全民族、全人種に、野心と貪欲や強欲に満ち溢れた非常に原始的なエゴを持った魂が転生していたからであり、誰が一番富と権力を掌握できるかと互いに争い合っていたからである。これまで人類を互いに争い合うように駆り立ててきたもの、そして現在においても駆り立てているものは、野心、貪欲、強欲、そして狂信である。だが、どれほど強大な帝国であったとしても、どれも、時の流れと共に崩壊してしまった。愛の基盤がないものは短命なのだ。以上のことから学びとるべきことは、野心と貪欲や強欲の姿を借りたエゴは多大な苦しみを生み出し、誰もその苦しみを味わいたくはないの で、各自が心の中からエゴを排除すべきであるということだ。この教訓を身につけたあかつきには、国家、民族、人種、宗教の間で、再び争いが起こることはないであろう。転生する魂には、いかなる動機も兄弟を傷つけることを正当化できはしないし、そうすれば自分自身を傷つけることになると、はっきりわかっているからだ。