*でも前述のような状況では、罪悪感が芽生えるのがふつうだと思います。どうやって、恋愛における罪悪感に打ち克つことができるのですか?
罪悪感を持ってしまうのは、君たちがカップルの愛を所有的または執着的なものだと誤解しているからで、所有権つきの結婚や婚姻の不解消など、同じように誤った道義上のルールを作り上げてしまったからだ。
罪悪感に打ち克つためには、愛の感情は、自由で自発的なものなので強要できないしすべきでもないということと、どんな枠づけも意味を持たないということを理解する必要がある。人は誰でも、好きな人を自由に愛する権利を持つ。誰のせいでもなく、自分自身ですら、感じられない気持ちを抱いたり、感じている気持ちをなくすように自分に課すことはできない。我々はまたもや、感情における自由の尊重、という同じ原点に辿り着いたのだ。
前述のケースでは、当事者の感情面の自由を尊重すべきであり、ありもしない犯罪行為に仕立てて不当に罰してはならない。人生をまるごと変える羽目になろうとも、真の愛の気持ちを持つことで、誰一人として罪悪感を覚えるべきではない。罪悪感という感情は、打ち克つことができなければ、愛の感情を存分に感じて味わうことを阻む障害となり、そこから湧き起こる幸福を享受できなくなる。
―愛することへの怖れについて
その名が示す通り、これは、苦悩の原因になるだろうと思って、愛を感じることに怖れを抱くことだ。これは、別れた相手に苦しめられたとか、第三者に恋愛関係を壊されてしまったなど、過去にトラウマ的な経験をした人たちによく見られるものだ。
また、幼少期から感情を抑圧する教育を受けてきたために、感情面での自由が制約されてしまった人たちに見られる。このような人たちは、自由な気持ちを持つと、なんらかのお仕置きを受けるのではないかと怖れている。教えられた行動規範から見て自分の感情が正しくなければ、良心の呵責を覚えるように自己規制してしまうこともある。
愛することを怖れる人は、自分をさらけ出すことで傷つけられるのが怖いので、人と交際する時に心を許さないことが多い。そのため打ち解けにくく、あるがままの姿を知るのは困難だ。無理解、拒絶、恐喝、脅 迫、裏工作、中傷、攻撃を怖れ、自己をさらけ出さずに感情を隠すか押し殺しておけば、誰からも危害を加えられないと思っている。このため、感情的に孤立する傾向にある。被害を避けるには、それが最良の策だと思っているのだ。
*でしたら、危害を加えられないためには、感情的に孤立するのがいいのですね?
そうではない。感情的な苦しみを怖れる気持ちから、外部の情緒攻撃から守ってくれそうな鎧に身を隠しても、その鎧自体が、人に愛の想いを伝えたり、他の人たちの愛を受け取ることを阻んでしまうので、幸せになれなくなるのだ。この場合は他人ではなく、自分で自分自身を傷つけているのだが、それで辛い苦しみが軽減されるわけではない。
*孤立してしまうと、どうして苦しむのか具体的に説明してください。
よかろう。感情的に孤立している人が自分の類魂に出会ったとして、相手が気持ちを伝えて親しくなりたいと思ったとしてみよう。通常このような場合は、双方がそれぞれ感情を表明して、相手に愛を覚え、二人は幸せに感じるものだ。
だが孤立してしまっている人は、怖れと不信感から、与えられる愛を感じ取れず、それと同時に、自分自身の愛の感情を抑圧してしまう。そして、そのことで苦しむのだ。またその人の類魂も、愛を伝えることができず、愛されていると感じられないので、苦しむことになる。
おそらくその人の類魂は、何が起こっているのか理解できず、混乱してフラストレーションを覚えよう。そして、自分の気持ちに罪悪感を持ったり、感情を表現するのを怖れるに至る。好かれていないと思って、その人とパートナーの関係を築こうとするのをやめてしまうことさえある。
こうして、愛への怖れと不信感に由来する感情的な孤立のせいで、一緒になって幸せになれた筈の二人の類魂たちは、お互いに別々の道をとり、幸福を味わえないまま歩んでいくのだ。
*でも、これまでの恋愛関係で悪い経験がなくても、愛することや恋することを怖れる人もいますよ。そういう場合は、どうしてでしょうか?
感情的トラウマは、前世からのものである場合もある。過去の状況を覚えていなくても、そのトラウマを乗り越えていなければ、それが魂に深く浸透していて、その後の転生に持ち越され、怖れとなって顕れる。
愛することを怖れている人たちは、自分たちは幸福とは無縁であり、本当に愛してくれる人などいるわけがないと思っているので、生き甲斐 がない。暴力的な飼い主に長い間いじめられた挙句に逃げ出せた、野良犬のような気分である。ある日この犬は、感受性が高く可哀相に思い、家に置いて愛情深く世話をしてくれようとする人たちに出会い、中の一人がなでようとして近寄るのだが、虐待を怖れるあまり、その手が愛撫ではなく乱暴をするのだと思い込み、より良い生活をあてがってくれようとした人たちから、震え上がって逃げ出してしまう。これと似たようなことが大勢に起きている。怖れのせいで、人生で幸せになるチャンスを失ってしまうのだ。