*これを、婚姻の破棄に傾倒した話に受け取る人もいることでしょう。
認めがたいかもしれないが、お互いの愛情に基づかない夫婦は、実際には夫婦として存在していないのだ。一生にわたり、署名入りの契約書を維持することができ、世間には仲の良いイメージを作れたとしても、それは表面上の結束に過ぎない。上辺だけの世間体は取り繕えたとしても、それぞれが心の中では実情を知っているので、自分自身の人生の虜にされた気がして、苦々しさ、空虚感、悲しみを噛みしめ、不幸であることだろう。さらに、それを誰にも知られまいとすると、独りで苦しむこととなり、余計に耐え難いものとなる。
*人には別れたければ別れ、離婚したければ離婚する権利があって、それが神の怒りに触れることはない、と強調するのに一生懸命なようですが。
それは、このことが多くの人にとって深い悲しみの原因となっているからで、それを変える必要があるからだ。人には誰もに幸せになる権利があり、幸福を妨げる聖なる法律など存在していないことを知るべきである。霊界は全くその逆に、生きているすべての人が幸せになれるようにと願い、幸福への道を発見できるように可能な限りの手助けをするのである。
その道程で出現する障害を取り除く手伝いをしたいのだが、地上の法律は幸福への行く手を阻む巨大な岩のようだ。しかも、君たちはその岩が神によって置かれたものと思い込んでしまっている。もうこれ以上長く、この状態を容認しておくことはできない。
*カップルの関係を合法化するためには結婚すべきではない、ということですか?
霊的な視点からは、二人の間の相互愛だけが真の結びつきだとされており、署名済みの結婚証書の有無には全く関係がない。
君たちの物質界では、配偶者や一族の子孫を保護するために、たいてい契約にサインを交わす必要がある。たとえば、どちらか一方が死亡した際に遺族年金を受け取れるためや、故人の伴侶が身内の者に家を取り上げられたりしないためであり、これは理解し得ることである。だが、これは物的に有効であるに過ぎず、その以上の価値を見出そうとすべきではない。
つまり、結婚の繫がりを相手の自由を束縛する口実に利用すべきではないし、相手が別れる決意をしたら絶対に拘束したり恐喝すべきでない。霊的な観点からは、自由意志の法則に反する行為となるからだ。
*恋愛感情がないにもかかわらず、夫婦の関係を維持しようとする動機の話に戻りますが、別れた場合に物的な支えを失うことを怖れて、住まいと生計を保証してくれる生活を続けようとする人がいますが、そういうケースについてはどうですか?
実際には物的な利便性を重視する結びつきであることを反映している。当初はそれが結婚の動機でなかったとしても、今は継続の口実となっている。このような人たちは、自分の感情の自由か、それとも安全性と安楽か、そのどちらに価値を置くのかを決める必要がある。
そういう理由から夫婦関係を維持することを決めれば、物的には何の不自由もないだろうが、愛がない暮らしとなるので、感情面では空っぽである。関係を続けるのは、愛の感情を大事にしない物質主義の人であろう。
だが、何にも増して幸せになることを望む人であれば、物的にはゼロからのスタートとなろうが、怖れに打ち克ち、喜んでそうするに違いない。感情における自由を回復することができるからである。
*二人の間に子どもがいる人たちの多くが、もう一つの理由として、子どもを守るために別れないと言います。そういう人たちは、少なくとも子どもが成人するまでは、我慢したいそうです。本人の幸せよりも子どもの幸福を優先し、子どもへの愛から正しい行動を取っていると思っています。カップルや夫婦が破綻すれば、子どもに感情的なトラウマを与えると考えて、それを回避しようとしているのですが、これは正しい判断でしょうか?
いや、そうではない。離婚する時には、子どもと離縁するのではなくパートナーと別れるのであるから、それは誤った結論である。両親が子どもを愛しているならば、一緒にいなくても子どもを愛し続けられる。
「子どものために我慢する」という言い訳は、個人的な幸せよりも家族の結束が優先される伝統的な宗教教育を授かった人たちの間によく見られるものだ。
むしろその関係を長く続けると、反対に、子どもを苦しませてしまうことになる。愛し合っていない二人が一緒に住もうと無理をすると、周りまで感応して不幸せになるので、子どもの情緒には否定的な状況となる。子どもたちは多くの場合、両親の喧嘩や口論に居合わせて、親の不快感や苦悩を感じ取る。そして、これこそが子どもたちに感情的トラウマをもたらすのである。「あなたがいなければ離婚していた」と言う親もいるので、両親が不幸せなのは自分のせいだと感じながら成長する子どももいる。こういうケースでは、親は自分の意気地のなさを子どものせいにしているのだ。
*でも子どもたちにしてみれば、両親が別れたら、生活が激変しますよ。両親の離婚が、大勢の子どもたちにとってトラウマだというではありませんか?
子どもが小さい場合は、まだ充分な知識がなく教育の枠付けに縛られていないので、両親の破局自体は何の感情的トラウマともならない。自分の生活が変わっても、双方の親と会うことができ、両親も子どもに対する愛を示し続けることができるのなら、子どもはゲーム感覚で変化を捉える。
幼い子どもを最も苦しめることは、自分が武器にされて離婚の原因となる夫婦喧嘩の渦中に投げ込まれることと、夫婦間の争いやののしり合いや脅し合いを目にしなければならないことである。したがって、それらを回避できるのであれば、離婚する場合でも、子どもたちのトラウマを避けてあげることができる。