*孤独を怖れて誰かと一緒になる人たちも沢山いると思います。孤独への怖れから相手を探す人たちも、愛される必要性、もしくは精神的な便宜からだと考えられますか?

時には愛される必要性からであり、時には精神的な便宜からである。孤独を怖れる人の中には、愛される必要性がなく、精神的な便宜を求めている場合がある。特に歳をとると、老年や病気を心配して、人生の最後に身寄りなく過ごすのが嫌なために、自分の要求を満たしてくれて、暮らしを楽に、快適にしてくれる人を必要とする。

だが別のケースでは、確かに孤独への怖れは、愛される必要性の表れである

 

今度は、愛する必要性に基づく結びつきについて、お話ください

よかろう。このタイプの関係では、どちらか一方、または双方に、充分発達した愛する能力があり、それを表現することで、自己充足し幸せを感じようとする。この人たちも、内面では(前世の関係で)情熱的に愛した経験があることを直感していて、今生で出会えないその愛を懐かしむ人たちであることが多い。

愛する必要性と愛する者を見つける必要性が強くなり過ぎると、愛される必要のある人たちの場合のように、愛を感じたいという欲求が自分の感情までを制覇してしまい、相手に対する気持ちからではなく、愛したいという欲求からパートナーを選んでしまう。

 

*でも、愛する必要性があることは何も悪くないのではありませんか?愛する必要性がなければ、パートナーを見つけようともしないので、愛の感情も生まれないと思います。愛の感情を育むメッセージと矛盾していませんか?

愛される必要性がある人たちの話をした時にも言ったことだが、愛する必要性を感じるのは何も悪いことではない。君がまさに指摘した通り、愛する必要性というものは、愛の能力と密接な関連がある。

愛する能力が高い者は、沢山の人を愛すことができるが、それは誰にでも恋愛感情を抱けるという意味ではない。カップルとしての愛の感情は、誰に対してでも湧くわけではないのだ。

問題となるのは、そういう感情になりたいという欲求から、感じてもいない気持ちになろと自分を仕向けること、つまり、自分の気持ちを強いることだ。愛の関係における感情は強いることができず、自然に起こるべきものである。感情を強いることは、感情を発達させることと別である。ここで言おうとしているのは、無理な感情を持とうとするのは、幸せになれる代わりに苦しみを招くので、良くないということだ。

愛する必要性に取りつかれている人も情緒的に盲目で、愛と愛する必要性とが見分けられなくなっている。恋をしているのだと自分自身に思い込ませるのだが、実のところは、愛を感じようと奮闘しているに過ぎない。しかも、愛の感情だと思っている自分の気持ちに、相手が応じてくれるのかもあまり気にしない。相手もそうだと信じ込むか、そうでなくても全身全霊でその人に尽くせば愛してもらえると自分自身を納得させる。相手は、自分の溢れ出る愛に抵抗できずに、最終的には愛してもらえると思ってしまうのだ。

 

*僕は、愛するということは、見返りを期待せずに与えることだと思っていたのですが、お話を伺うと、カップルの愛はその例外となるようです。相手にも応えてもらうという、交換条件があるみたいですから。

それでも、本当に愛する者は、何の見返りも期待しないというのが真なのだ。愛する人に感情面で応えてもらうことは強要できないし、両想いだったとしても、その気持ちを認めさせることも、一緒になるように強いることもできないからだ。要は、相手の意思と自由を尊重し、自分の心を捧げてはいても、「否」という返事を受け容れる心積もりが大なのだ。

そうは言っても、カップルの関係において幸せになるためには、双方ともお互いに愛が報われていなければならない。相思相愛でなければ、どちらも幸せになることができない。

 

*これまで、愛情ではなくさまざまな異なる要因でカップルになる例を説明してくださいました。肉体的な魅力、物的な便宜、精神的な便宜、知的面での類似性、愛される必要性、愛する必要性などいろいろでしたが、これらの動機は独立したものですか、それとも組み合わさることがあるのでしょうか?たとえば、ある人が相手に肉体的な魅力を感じていて、同時に愛される必要性も感じている場合もあるのか、ということです。

ああ、もちろんだとも。事実上ほとんどの場合に、幾つかの動機が混ざり合っている。肉体的魅力は、ほぼすべての他の要素と組み合わさる。たまに無関心な人もいるが、生物学的な性本能はすべての人に備わっているからだ。

実際には、魂の愛する能力次第で、どの要因が優先されるかが決まる。

まだ愛を知らないために、それを評価できない未熟な魂であれば、肉体的魅力、物的便宜、精神的便宜、知的類似性、といった四つの動機が、さまざまに組み合わさって表れることが一般的である。

より進化した魂の場合は、通常、肉体的魅力が愛される必要性や愛する必要性と組み合うことが多い。そして、中間層では、肉体的魅力、精神的便宜、知的類似性、愛される必要性、の中での組み合わせが起こる。

また時には、これらの動機が同時に出現せず、特定の関係の異なる時期に生じることがある。たとえば、肉体的な魅力から関係を始めても、それに飽きると関係を維持するために、物的便宜や精神的便宜など、他の動機が際立ってくるのだ