*具体的にどういうことか明確になるように、それぞれの理由についてもう少し深く説明してくださいますか?

いいだろう。君たちの世界における最大の理由となる、肉体的な魅力または性本能から始めることとしよう。

魂の愛する能力がまだ発達していない時は、意志が本能に多大に影響されていて、パートナー選びという特定の場面で、性本能が感情に勝ってしまうのである。そのため、内面ではなく外見を見て、性本能が反応する相手を選びがちだ。それで、肉体的に魅力的な人は相手が見つかりやすいのに、魅力がない者は、永久に見つからないような目に遭うのである。

このような行動が君たちの世界では大多数だが、それは全体的に言うと、大半の人に愛する能力が足りないためである。また、青年期にパートナー選びが集中しているのも、その原因である。性本能が目覚めるこの時期は、若者特有の未熟さも相まって、より進化した魂でさえも、感情を発達させることよりも性本能を満たしたいと思うからだ。

 

*でも、カップルの関係では、相互に性的魅力を感じることが不可欠だと思います。お互いに性欲が生まれなければ、カップルになる意味などないと思われませんか?

もちろんそれは必要条件だが、それで充分ではない。

性本能と性欲とを混同しないことだ。二つの意味合いは違うのだよ。生物学的な性本能によって性欲が活性するのは確かであるが、性欲は本能によってのみではなく、感情によっても高められるのだ。

生物学的な性本能は、基本的に、肉体的な魅力と目新しいものに対して反応する。それは、不特定多数との関係を促す、生物的なプログラムなのである。というのも生物学的な視点では、それが遺伝子の交配と種の繁栄に寄与するからである。

愛情がないのに肉体的な魅力で二人の人が結びつく時は、ひと度性的に満たされてしまえば、お互いに性欲が減少していくのが一般的だ。それは、性本能にとってその関係が新鮮でなくなり、最初の頃のように高まらなくなるからだ。

その関係が続くとどういう結果になるかというと、通常は性欲が減退する。二人の性欲が、完全に本能に基づいたものであったからである。セックスの間隔が空くようになり、僅かになる。そして新鮮でなくなったパートナーに興味を失い、他の新しい候補に関心を持ち始める。このような状況が続くと、初期には性本能の陰に隠れて見えなかった魂の類似性のなさや愛情の欠如が際立ってきて、不幸の温床となり、喧嘩や非難の増加となって表れる。この時になって、カップルの愛が終わってしまって情熱がないと言い始めるのだが、実は初めから愛など存在してらず、本能が魅惑されていただけだったのだ。お互いに愛情があれば、性欲は本能ではなく愛の感情によって養われるので、目覚めれば、なくなることはない。

 

*次に物的な便宜による結びつきを話してください。

それについては、あまり説明を要さない。つまり、物的な利益に基づく結合である。夫婦の一方または両方が、結婚することで、自分が持っていなかった物的な快適性、社会的地位、成功、名声、富や権力など、物的に有利になる何かを引き出せると思う場合だ。

これが動機となる場合は、先の例よりもさらに貧しい結婚となる。性的魅力すら感じず、伴侶には愛しているから結婚したのだと思わせて、愛情があるふりをするのだが、何の愛情もないのは明らかである。

 

*そうすると二人が一緒になる理由は、それぞれ異なるかもしれないわけですね。二人とも物的な利便性が動機であるなら、取り繕う必要はないわけですから。

全くその通りである。夫婦の動機がそれぞれ違うのは、よくあることだ。一方が物的利益で、もう一方が肉体的な魅力である場合もある。

一例を挙げると、美人が好きな冴えない億万長者が、お金持ちになりたいと思っている魅力的な女性とくっつくケースである。双方ともに愛の感情はなく、自己願望を満たしたいだけなのだが、おそらく二人とも自分の意図は隠して、愛情があるように装うだろう。当初はお互いの希望が叶って比較的満足できたとしても、この関係ではどちらも幸せにはなれないだろう。

 

*それでは、精神的な便宜とはどのようなものですか?

二人のうちの一方が、変えるつもりのない自分の利己的な性格な特徴のために、相手の精神的な側面が便利だと思う場合だ。

たとえば、支配的で自己中心的な人には従順で素直な人がパートナーとして好都合で、気紛れな人にはサービス精神旺盛の人が便利、怖がり家には決断力のある人、怠け者には行動派、といった具合だ。

 

*でも、表面的に正反対の精神的側面を持っていることは、悪いことではなく、助け合ういい機会になると思いますよ。たとえば、決断力のある人は、怖がり家のパートナーが怖れを克服する手助けをしてあげられるでしょう。

問題は、性格の違いがあることではなく、自分のパートナーを、その人に愛情があるためではなく、精神的な便宜のために選んでしまうことである。

怖れを克服したいのであれば、精神的な助けを求めればよかろう。もちろん、それをパートナーに頼るのもいいが、そのために相手を選ぶべきではない。

こういうケースでは通常、カップルの二人は、精神的な支配関係か従属関係となる。この関係では一人は、相手から愛情ではなく指図しか貰えないので、隷属している感じになる。他方、相手側となる支配的立場の者、あるいは精神的に依存する側の者も、同様に苦しんでいるのだ。その人のエゴが満たされても、自分に愛がなければ虚しく、その関係に満足できないからだ。