初めての幽体離脱を経験して霊的世界とコンタクトできた後、抑えがたい郷愁が僕の中で目覚めると同時に、僕は、現実の世界への興味を失ってしまった。世の中と人生とに対する僕の視点がものすごく変わってしまったのだ。以前はわからなかったが、初めて体外に出る経験をした後では、この世界というものが、その中で生まれてから死ぬまで同じ役を演じ続けされる、一種の劇場のように思えてきた。人はあまりにも長いこと同じ作品ばかりを繰り返しているので、しまいには自分が作品中の人物であると信じ込んでしまい、それ以外の現実は存在しないと思ってしまうのだろう。
改めて眺めてみると、僕たちは皆、真の現実に気づけずに俗っぽい雑事にとらわれて、機械的に動いているだけのロボットのようだった。重要視していることは、今生でいかに成功を収めるか、ということで、それはどうやって社会的に認められて、名声、評判、富、権力などを得るかということだった。
大半の人は、幸せになれるかがこれで決まってしまうかのごとく、それらを手に入れることに全力を費やす。でも他の人が夢中になっていることはすべて、僕には何の意味もなかった。どれも、霊的な世界で感じたような幸せを与えてくれそうになかったからだ。
一方、これとは別な心配が僕を落ち着かない気分にさせていた。それは、霊的な世界で体験したことを全部細部に至るまで、完全に記憶していられるだろうか、ということだった。なぜなら、覚えていたことはすべて記録していたものの、体験したこと全部を完璧に思い出して、書き留めておくことは不可能だったからだ。そのため、体の外に抜け出すためにリラックスしようとしても、できなくなった。完全にリラックスする必要があるのに、頭に浮かぶとりとめのない思考に邪魔されてしまうのだ。僕の意識が、体外離脱を可能にしてくれるほど、落ち着いて寛いではいなかったからだ。僕は途方に暮れ、余計に神経質になってしまった。
こんな状態で、僕はリラックスの努力を重ねていた。ある日、真っ暗で静まり返った部屋に独り閉じこもって、頭に浮かぶ雑念を払いながら ベッドに横たわっていると、はっきりと「心配するな」という声が聞こえた。
寝ていて突然起こされた時のように、びっくり仰天した。ギョッとして、目を開けて周りを見回したが、暗いままだった。手探りで明かりをつけてみても、誰もいなかったし、何の異変もなかった。ドアを開け閉めする音も聞こえなかったし、他の音も一切していなかった。「それなら思い過ごしだろうか」と考えて、もう一度電気を消して、またベットに横になった。そして、呼吸法によって再度リラックスしようとしていたのだが、それほど経たずに、またはっきりと「心配するな」と聞こえた。二回目はそれほど驚かずに済んだので、起き上がりはしないで、身を固めたまま、次に何が起こるのかを待ってみた。今回は、その声が、実際には僕の耳の中で聞こえていなかったことに気づいたからだ。明瞭な思考のように、むしろ頭の中で話しかけられたのだったが、僕自身のものではなかった。
「誰ですか?」と、声には出さずに訊いてみた。答えが返ってくるとは思わなかったが、試してみたのだ。返事はすぐに戻ってはこなかった。2~3分経っても何も起こらなかったので、脱力した瞬間、「疑い深い性格だね。あんなにいろいろ体験したのに、まだ疑うのかね?一体、私を誰だと思うのかい?」と聞こえた。
「まさか、イザヤ?」と口にした。
「私に訊かないで、自分で答えてごらん」
「あなたのテレパシーの声だとわかります。でも、あなたを見ることができないので、疑ってしまうのです」
「考えようとしないで感じ取るように。そうすれば疑いも晴れるだろう。私を見ることができないのは、君が身体に結びついたままだからだ。でも、私のことがちゃんと聞こえるようだから、それで君がしたいことには充分だろう」
「僕がしたいことですって?何のことだかわかりません」
「君があることを心配していたから、心配するな、と答えたのだ」