*でも多くの人が、レイキで儲けようとしているのではなく、それで時間が取られるとサラリーマンにはなれないし、何かで暮らしを立てる必要があるから、と言っていますよ。
それなら、エネルギーの伝達では生計を立てようとしないことだ。経済的にやっていけるように、他の活動で報酬を得られる仕事を持ち、自由な時間にレイキをすれば良い。これは、意志力の問題だ。
しかし実際には、レイキでお金を取る者の多くが、生活を維持するだけでなく、それによって儲けようとするのだ。レイキの料金は、オーラを綺麗にするというよりも、それにひっかかった愚か者の財布の中身を綺麗にしてしまうほど高いことがあるからだ。
イエス自身も、「神のものは神に、皇帝のものは皇帝に返しなさい」と言っている。
物質的に自立する必要があるのなら、物的な仕事でそうするように努めなさい。霊的な仕事を介してはならない。霊性にお金を関与させるのは、止めなさい。霊性が穢れてしまうのだ。
君たちを助けている霊的なガイドたちは、君たちからお金を取るのだろうか?彼らがそうしないのならば、彼らを見習い、君たちもそうしてはならないのだ。しかも、自分に能力があるのだからお金を取る資格があると思っていると、本当にそうなって、自分自身のエネルギーしか使えなくなるのだ。
「神と富とに兼ね仕えることはできない」ということを肝に銘じて欲しい。現在の言葉に置き換えれば、愛と我欲とに兼ね仕えることはできないという意味だ。それらは、相容れられない対立する概念なのだ。
*エネルギーを貰う代わりに、お金であろうと他のものであろうと何かを引き換えにあげる必要があるので、これは交換をしているに過ぎない、と言う人たちもいますが。
それならその人たちは、無条件の愛という、何の見返りもなく与える行為を知らず、また理解したくもないのだ。見せかけの霊性で外側を装おうとしていても、見習うべき手本とはならない。
それを忘れないようにしなければ、霊性復興運動も、ついにはキリスト教と同じことになってしまう。つまり、皆の大師匠だと勝手に名のり出る者が現れて、自分の富と権力への渇望を満たすために、聖なる教えを管理し操作し始めてしまうだろう。
*でも、有料レイキに効果はあるのですか、ないのですか。
効果はあるかもしれないが、無料で行うレイキよりは、常にずっと貧しい結果しか得られない。効果は、助けたいという意思の力次第なのだ。
大半の場合は、他者を助けたいという思いと、何かと引き換えに行おうという我欲とが混在している。善意によって得られる効用も、私欲で失われてしまう。
一つはっきりさせるが、我欲があると、与える以前に貰おうとしてしまうので、癒しにはならないのだ。我欲に委ねる人は、本当は他者を助けようとは思っていないので、助けてあげることができないのだ。
お金を取っているならば、それが他者を助けるためなのか、自分が有名になるために他者を利用したいのか、あるいは自己の物質的な欲求や期待に沿うためなのかを、分析してみるがよい。
イエスがあれほど優秀なエネルギーの担い手であり、奇跡と思われたほどの素晴らしい、強力で迅速な結果が得られたのは、一体どうしてだと思っているのかね?それは彼が、無条件の愛を感得するに至った魂だったからで、その愛がエネルギー次元で顕現する時に、高振動のエネルギーとなり、それに肉体的・霊的な障害を癒す力があったからだ。
多くの者が、イエスがしたことをできるようになりたい、と思っているが、彼らには本質的なものが欠けているのだ。それは、無条件に愛すということで、我欲を―虚栄・自尊・尊大を― 放棄しなければならないのだ。
イエスがしたことをできるようになりたいのか?それなら、他者に何かをしてあげる度に、集金してまわるのは止めなさい。イエスが癒しに対してお金を取っていたとしたら、高次の存在ではあり得なかったし、高次の精霊たちからも支援されなかったので、癒しそのものが不可能だったろう。
*病気とその意味について、最後に言っておきたいことはありますか。
病気は、運命のいたずらでも神の罰でもなく、霊的成長の糧となるものだ。
今生で患う病気は、今回の転生で立ち向かわねばならない試練を知らなかったり受け容れようとしなかったのが原因か、または心に従って行動や生活せずに霊的な内面を抑圧したのが原因だ。
この場合、肉体的な病は、内部の病気の警報として作動し、自分を変えるように誘導する。
先天性またはカルマによる病気のケースでは、原因は前世での行為の中に見出せる。それは、溜まった負債を清算するための試練であり、魂が霊的により高い段階へと昇るために障害となる心理的毒素を肉体に受け渡すプロセスなのだ。