『魂の法則』あとがき、作者のことば:
見返りを求めない無条件の愛の趣旨通り、本書が、全ての人に無私の志で届いてくれることを切に願う。 そのため、内容を変更せず営利を目的にしないという条件で、本書を自由に頒布し、 現在利用可能な全てのメディアによって、全体あるいは一部を随意に複製することをこの場で許可し、 その活動を後押しするものとする。
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著者メールアドレス: lasleyes.espirituales@gmail.com
日本語対応 : tamashiinohousoku@gmail.com
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*初めに、死後あるいは肉体から離脱した後に、何が起こるかについてお話ししましたが、生まれる前のことをもっと詳しく知りたいです。
どうやって転生するのですか。魂が生まれる前からあるとするなら、それが宿る肉体との関係には始まりがあると思うのですが、魂はいつどのように赤ちゃんの身体に入るのですか。
一般的に、転生する魂は、受胎前から未来の家族を訪問し始め、中には、母親と父親に子どもを持ちたいという欲求を呼び起こさせるケースもある。
受胎すると、魂は受精卵と結びつき、妊娠中はそれが正しく成長して発達できるように関与するので、肉体との絆は、魂が肉体から分離する時まで切れることがない。
妊娠中は、転生しようとする魂のアストラル体と胎児の身体が、段階的に融合していく。生まれ変わる魂は、胎児にされることや母親が感じ取ることなどを感知し始める。
この時期、魂はすでに肉体と結びついたとは言え、まだ充分自由に移動でき、霊界の友人やガイドとの交流もある。霊界から物質界、あるいはその逆を、魂が行ったり来たりしている移行期には、誕生に備えて、物質界での両親や親戚になる者たちと馴染んだりする。
しかしながら、魂が赤ちゃんの身体と合体するのは、通常は誕生の瞬間だ。
*でも、子どもが欲しくないのに生まれて来てしまうカップルが沢山いますが、それはどうしてなのですか。
避妊対策を講じている場合でも、両親の性欲を刺激して、うっかりさせるのだ。
*一方では、子どもが欲しいのに、どんなに努力しても生まれない両親もいます。
君たちは、自分たちが転生の過程をコントロールしているとでも思っているのかい?そうだとしたら、間違っているよ。すでに言った通り、転生は、魂同士の転生以前の合意によるのだ。
肉体的に何の障害もないのに、子どもが欲しくてもできない場合がある。それなのに、別の場合では、その気がないのに思いがけなく子ども ができてしまうことがある。だから「生と死は天の意思」いう民間のことわざは的を得ていると言えよう。
人間はこの世に魂がやって来るのを、妨げたり遅らせたりはできる。だが、霊界で予定されていなかったり、霊的基準に照らして妥当だと判断されなければ、魂が来るよう強いることはできないのだ。
また胎児には、善し悪しを知覚できる魂がすでに結合しているのだから、ずっと繊細に扱わないといけない。胎児は、愛情をもって受け入れてもらえると感じれば嬉しくなり幸せで、歓迎されなかったり中絶などの危害を加えられると感じれば苦しむのだ。
*親が望まない子どもや、育てきれない子どもは生まれない方がいいと考えたり、奇形があって生まれるとこの世で苦しむことになると考えて、妊娠中絶に賛成している人もいますが。
それなら、子どもがすでに生まれていて面倒を見られなかったら、同じような理由で、捨てたり殺したりするのが正当だと思うのかね?
*もちろんそうは思いませんよ。生まれたばかりの子どもを捨てたり殺したりするのは、非人間的な行為で犯罪になってしまう。
それならどうして、子どもがお腹から出た後では犯罪で、お腹にいる時にはそうは見なされないのかい?
*子どもが形作られる前の、まだ胎児とならない妊娠初期の何ヶ月かの間に流産させる、ということなのだと思いますが。
君の話を聞いていると、問題の焦点は、形成中の命が細胞の集合体から子どもと見なされる境界を越えるのはいつか、ということのようだ。細胞の集まりと考えられている間は、中絶は合法的だが、その固まりが子どもと判断されるなら、生命尊重の思想を真面目に検討しなければいけないと言うのかい?
*そうだろうと思います。
その考え方によると、胎芽が、細胞の集まりから子どもだと判断される境界を越えるのはいつかね?十日後か、一月か、三ヶ月か、五ヶ月か?
*分かりませんよ。いつから子どもだと見なすかについては、人それぞれ独自の意見を持っていると思います。もしかすると三ヶ月未満はそうではなく、それ以後は子どもと見なすのかもしれません。
実際のところ、中絶賛成派は、人間の命は誕生をもって始まり死によって終わるとする主義に基づいており、形成中の存在をいつから人間だと見なし始めればいいのか、はっきりと分かっていない。そのため、これと同じ人びとが、病の末期で苦しむ場合や寝たきりの重度の身体障害がある場合などに、安楽死を支持することになるのだ。
こうしたことが起こるのは、生命を物質主義的観念で捉えるから、つまり、物理的生命の存在しか認めず、物質界に具現するために使う肉体を、人間そのものと同一視しているからだ。
だからこの視点では、妊娠の初期の、胎芽の細胞がまだ赤ん坊の形態を取るほど分化していない段階では、人間だと見なしていないので、妊娠中絶に不都合を感じない。
しかし霊的観点から見れば、「魂の素」がなければ生命はあり得ないので、肉体そのものは、それが胎児のものであろうと子どもや大人のものであろうと、生命ではない。
生命とは魂の命であり、転生する肉体の命ではない。注目すべきは、肉体の発育ではなく、魂がいつ胎芽と結びついたかで、それが命の始まりであり、それはすでに言った通り、受胎の時点なのだ。
それゆえ、魂が肉体に結合した後に妊娠を中断させるのは、生まれ変わる魂の自由を侵すことになるのだ。