高円宮憲仁さまが、47歳という若さで急逝されて、21日でちょうど10年がたった。
21日に営まれた墓所祭には、皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方が列席された。
2002年11月21日、47歳の若さで急逝された高円宮憲仁さま。
21日、十年式年祭の墓所祭が、東京・文京区の豊島岡墓地で営まれた。
儀式には、皇太子さまと雅子さまご夫妻や、秋篠宮ご夫妻など、皇族方が出席された。
一方、21日午前には、港区の高円宮邸でも十年式年祭が営まれ、2012年7月に心臓の手術を受け、リハビリ中の高円宮さまの父・三笠宮さまも、つえを手に参列された。
三笠宮さまが行事に出席されるのは、8月末の退院後、これが初めてとなる。
そして、墓所祭では、急逝された高円宮さまに代わり、宮家の当主を引き継がれた妃殿下・久子さまが、玉串をささげられたあと、皇族方も墓前に進み、高円宮さまの在りし日の姿をしのばれた。
久子さまは「10年が、とても早く感じられます。まだ、突然ということもあり...、まだ、いらっしゃるような感じもいたしまして。『ただいま』と、戻っていらっしゃりそうな感じを持ったまま、過ぎた10年の月日です」と述べられた。
高円宮さまは、2002年11月21日、カナダ大使館でスカッシュの練習中に心不全で倒れ、その夜、逝去された。
47歳という若さ。まさに、突然のことだった。
久子さまは「あの日のこと自体は、その直後は、ずいぶんといろいろなところで話題になっておりましたので、特に、AED(自動体外式除細動器)の普及等々で、その後も話題になることもあって、そういった形では思い出しますけれども。カナダ大使館であったということも、宮さまがとても大切にしていらっしゃった国なので。宮さまも、日本国内でありながら、最後、カナダという土地っていうんでしょうかね...、過ごされたのは、ある意味、うれしかったかもしれないと思っております」と述べられた。
このことが契機となり、法律が改正され、心室細動の時に効果を発揮するAEDが一気に広まった。
「スポーツの宮さま」とも呼ばれた高円宮さまは、亡くなる直前、日韓共催のサッカーワールドカップの開会式に出席するため、皇族として初めて、韓国を訪問された。
久子さまは「韓国に、とても自然な形で、皇族として戦後初めて、公式訪問ができるということは、大きな責任でもあり。また、ご自分がそれまでなさってきた、いろいろなことを実現していくといった意味でも、有意義な旅行になさりたいというお気持ちは、とても強くてらっしゃったと思います」と述べられた。
久子さまにとって、高円宮さまの一番の思い出を聞かせていただくと、「1つとれば、やはり、温かさ、ユーモア。宮さまのほほ笑まれる、あのお姿だと思います」と述べられた。