2012年4月14日、サッカー・イタリア代表のピエルマリオ・モロジーニ選手(25)が試合中に倒れ、死亡した事件はサッカーファンに衝撃を与えた。日本でも2011年8月に、元日本代表の松田直樹選手(34)が練習中に突然死した事件は記憶に新しい。一方、2012年3月に試合中に倒れて心停止状態となったイングランド・プレミアリーグ、ボルトンのファブリス・ムアンバ選手(24)は救命処置によって一命をとりとめた。
こうした事例はサッカー選手のような特殊な職業だけに起こるわけではない。日本だけでも毎年およそ6万人、1日約150人~160人が、突然心臓が止まってしまう「心臓突然死」で亡くなっているという。一方、ムアンバ選手のように、倒れたときにそばにいた人がAED(自動体外式除細動器)などの救命処置を行い、助かるケースもある。
もし自分が急に具合が悪くなったとき、あるいは目の前で誰かが突然倒れた場合、どうしたらいいのか? そして、何ができるのか?――救急・救命の“新常識”を紹介する。
自分の具合が悪くなったとき、救急車を呼ぶ基準は?
東京消防庁は2012年4月1日から、インターネットで病気やけがの緊急性を自己診断できるサイト「東京版 救急受診ガイド」をスタートさせた。このサイトは緊急性の高い9症状と、救急相談センターへの相談が多い10症状の計19症状について、画面上に出てくる質問に次々に答えていくだけで「救急車の要請が必要かどうか」などが判断できる仕組みになっている。また救急車の要請が必要ないとわかった場合も自力受診の緊急度と該当する受診科目が表示され、近くの病院も検索できる(東京都内のみ)。
2010年中に東京消防庁にかかってきた119番の件数は100万件以上。1日に平均すると2759件、約31秒に1件の割合で受け付けていることになる。同庁ではかつて年々増え続ける119番通報に対応するため調査したところ、緊急度の高い通報も健康相談もすべて119番にかかっていることがわかった。さらに、「軽症か重症かの判断がつかなかった」という人が多かったことから、「重篤な症状なのに、その判断がつかず119番通報をするのをためらっている人が多いのでは」と危惧。2007年、救急相談用の24時間ダイヤル「東京消防庁救急相談センター」(通称「#7119」)を開設。それ以来、同センターへの相談件数は増加し続け、2011年には約31万2000件に上った。
しかし実は着信自体は約48万件あり、約3分の1にあたる16万8000件ほどの電話には出られなかった計算になる。そうした状況を改善するために、2012年4月1日からウェブサイト「東京版 救急受診ガイド」がスタート。「このシステムが広く定着することで、真に必要な人に救急車をいち早く届けることができるようになるのでは」(東京消防庁救急部救急医務課 消防司令補 小林忠氏)。
「絶対に動かしてはいけない」は誤り? 人が倒れた場合の対処法
他人が突然倒れた場合、まず救急車を呼ぶことが先決だが、到着するまでにすべきことは何か。 厚生労働省のウェブサイト「生活習慣病を知ろう!」によると、例えば倒れた人が脳卒中の疑いがある場合、「意識があるかどうか」「呼吸をしているかどうか」「吐いていないかどうか」を確認し、救急隊員に伝える。吐きそうだったら、横向きに寝かせるといい。
また人が急に倒れた場合、一般的に「動かしてはいけない」といわれている。しかし例えば、交通量の多い道路で倒れて、そのまま放置すると危険な場合もある。またトイレなど狭い場所や暗い場所だと様子がよくわからなかったり、心肺蘇生法などの処置ができなかったりする。そんなときどうしたらいいのだろう。
「必ずしも絶対に動かしてはいけないということはない」というのは、「先生! 大変です! どうしたらいいですか!! ―応急処置の実際―」「脳溢血などを起こしていて動かしたくらいで悪化するような状態であれば、病院に運んでも助からないケースが多い。
交通量の多い場所などだと、そのまま放置するほうがむしろ危険なので、安全な場所に動かしたほうがいい場合もある」。
安全な場所に移したら、呼吸をしやすいように衣服を緩める。そして呼吸をしているようだったら、体温の低下を防ぐために毛布やコートなどをかけて保温する。もし呼吸をしていない、あるいはあえぐような呼吸をしている場合は、ただちに胸骨圧迫(心臓マッサージ)をしたほうがいいという。
家の中や路上などで家族が突然倒れた場合は、「とにかく、大きな声で誰かを呼ぶこと」。それは親しい人だと精神的にパニックに陥ってしまい、冷静な行動をとれないことが多いためだ。救急車を呼ぶのも、できれば近所の人やそばにいる人など、冷静な第三者に頼んだほうがいいという。
救急車を待つ間に一般人ができる積極的な救護は「胸骨圧迫(心臓マッサージ)」のようだ。
では、胸骨圧迫をしたほうがいいのはどのような場合なのだろう。循環器病克服のために設立された公益財団法人「日本心臓財団」によると、判断基準は「異常な呼吸」。息をしていない場合はもちろん、正常な寝息とは違う息のしかたであれば、迷わず処置を行うべきだという。心停止した人の約半分は「死戦期呼吸」という、ゆっくりあえぐような呼吸をしている。この状態を見て「息をしているから心停止ではない」と誤解し、手遅れになる場合もあるそうなので、注意が必要だ。
心臓の機能が一時的に停止すると、まず脳に影響が出る。そのため、反応がなくなってゆっくりあえぐような呼吸になり、次に完全に呼吸が停止し、やがて死に至る。だから一刻も早く胸骨圧迫とAEDによる心肺蘇生の処置を行うことが必要だ。
心肺蘇生術というと「人工呼吸」のイメージが強いかもしれない。しかし「胸骨圧迫だけの誰でもできる心肺蘇生の普及」を目的とした活動「PUSHプロジェクト」を推進する京都大学 環境安全保険機構付属健康科学センターの石見 拓氏によると、心肺蘇生に関する最新の指針「心肺蘇生法ガイドライン2010年」では胸骨圧迫の重要性がより強調され、「人工呼吸は必ずしも行わなくてもよい」とされているとのこと。唇を付けることに対して心理的な抵抗が強いこと、人工呼吸の習得の困難さが救命措置の実施へのハードルを高くしている面があること、そして近年、胸骨圧迫だけでも効果があるというデータが多く出てきていることが理由だ。
最新の指針では、倒れている人がいたら基本的に次のような行動が望ましいとされている。
1、まず安全確認。周囲が危険な状況ではないか確かめてから、近寄って声をかける2、反応がなく、呼吸をしていない、もしくは呼吸が普段と違う状態である場合、すぐに119番に電話をする。ほかに人がいれば、電話をするように大声でお願いする3、AEDを持ってきてくれるよう大声でお願いする。自分はその間、胸骨圧迫を続ける胸骨圧迫は継続することが重要、自宅で学べるキットも
AEDについては後述するが、まずは基本となる胸骨圧迫をしっかりマスターしておきたい。心臓は体の左側にあると思っている人が多いが、実はほぼ真ん中。まず片方の手の付け根を胸骨の下半分に置き、もう一方の手をその手の上に重ねて指の間に入れ、しっかりと組む。ひじをまっすぐに伸ばし、手のひらの付け根部分で全身の力をかけて押す。少なくとも5cm以上沈むくらいを目安に力強く圧迫する。1分間に少なくとも100回以上のテンポで、一瞬も中断させず押し続けることが重要だという。「もしもし亀よ」の歌のリズムが1分間に100回のテンポにあたるそうだ。
かなりの重労働なので、まわりに人がいる場合は交代でやることが中断させないためのポイント。AEDが届くまではもちろん、AEDのパッドを付ける間もAEDによる電気ショック実施後も、救急車の到着まで行う必要がある。いざというとき、とっさにどうしたらいいかわからない場合でも、119番に電話すれば胸骨圧迫の方法を教えてくれる。11歳の小学生が119番でやり方を聞きながら父親に胸骨圧迫を施し、一命をとりとめた例もある。
AEDは5分以内が勝負、「素人は使えない」は誤解
AEDは電極の付いたパッドを裸の胸に当てることで心臓の状態を自動的に判断し、さらに必要な場合、電気ショックで心臓の状態を正常に戻す機能を持っている。完全な心停止状態(心静止)であればもう電気ショックを与えても効果はないが、心臓突然死の多くは「心室細動」といい、心臓が細かくブルブルふるえていて血液を全身に送ることができない状態で発症する。そこで止まってしまった心臓の代わりに胸骨圧迫でポンプ機能をキープしつつ、AEDによる電気ショックで心室細動を止め、心臓のリズムを整えることが必要になる。電気ショックで心室細動を止めることができるのは、例えば授業中に騒いでいる生徒を教師が一喝すると一瞬静かになって正常な状態に戻る状態を想像してもらうとわかりやすいだろう。
AEDは少なくても心停止してから5分以内に使わないと十分な効果が期待できず、生存率は1分経過するごとに10%下がるといわれる。つまり5分経過で生存率は五分五分になってしまうのだ。救急車を呼んでから到着までには平均7~8分かかるといわれ、搬送中に亡くなる場合も多いという。しかし心停止状態で胸骨圧迫をしていれば生存率は2倍になり、AEDを使うとさらに2倍になるというデータがある。1秒でも早いAEDの使用が文字通り生命線となるわけだ。
しかし心停止で病院に搬送された人のなかでAEDが使用された率は約3%しかない。しかも使用者の約半分は医療従事者だという。やはりAEDを使用することに不安を感じる人が多いためだと考えられる。だが、「異常な呼吸の場合は心肺停止状態である確率が高く、そのまま放置すれば確実に死に至る。しかし何かすれば助かる可能性が出てくる。怖がって何もしないのが最悪の処置」という。そこで石見氏にAEDを使用する際の不安について聞いた。
Q:そもそもAEDは、講習を受けていない人は触れてはいけない機械なのでは?
A:とっさに場合にはどうしても動揺しがちなので、講習会で一度は手順を見て頭に入れておくといいが、基本的にAEDは誰が使ってもいい。スイッチをいれると音声で使い方をアナウンスするので、初めて触る人でもそれに従えば使える。
Q:使い方を誤ってかえって悪化させた場合、責任を問われるのでは?
A:心肺停止状態でない人に胸骨圧迫をしても害はないし、AEDを使っても機械が「電気ショックは必要ない」と判断すれば、ボタンを押しても電気ショックが作動することはない。妊婦やペースメーカーを付けている人、幼児など使用の際に注意が必要なケースもあるのでできれば講習会などで勉強していただきたいが、救急の現場では完璧でなくても使用することが重要。仮に使用後に死に至っても、善意で行った行為なので国は責任を問わないことになっている。
Q:AEDがどこにあるか分からない場合は?
A:大阪府ではAEDの設置箇所がマップ化されておりケータイで確認可能だが、東京都ではまだそうしたマップがない。都内では交番にはほとんど設置され、小中学校にも設置されていることが多い。主要な駅にも設置されている。今後は組織的にマップ化を広げていくことが重要だが、普段からAEDを意識して見ていればおのずと目に入る。そうすれば記憶に残るので、AEDを意識して見て欲しい。 ちなみにAEDの設置台数は現在、全国に約30万台以上。人口あたりの設置台数では世界一だが、設置はあくまでも民間企業や個々の行政側の善意に頼っている状態。行政の管理がなく、置くべき場所や数がコントロールされていないのだ。また1台約30万円という価格は3年前の約60万円と比べると安くなってきてはいるが、まだまだ高額。費用負担を含めた管理をどのように行うか、使える人をどうやって増やすのかなど、使用率を高めるうえでの課題は多い。またAEDを使うことに対して過度に責任を感じすぎないように社会全体が意識を変えていくことも、心理的なハードルを下げるためにも必要なのかもしれない。
講習会では、DVDの場面ごとにインストラクターの指導のもと実習を行い、胸骨圧迫をする際の胸骨の位置確認をはじめ、周囲に協力を要請する場合の声の大きさまで細かく指導を受ける。受講前は胸骨圧迫をするべき判断基準があいまいで不安だったが、インストラクターに「胸からお腹にかけて動いていなかったら心停止と考えていい」「いざというときわからなくて迷ったら、とにかく胸骨圧迫をする」という具体的な目安を教えられ、自信を持って押せそうな気がしてきた。
その後、胸骨圧迫トレーニングキット「あっぱくんライト」を使用し、実際に胸骨圧迫を体験する。「いい音」が出るように集中して押しているうちに、短時間で力加減とリズムが会得できた。続いて、2分間の胸骨圧迫を2人1組のペアで行う実習。胸部圧迫は途切れず行うことが重要なので、これは交代するタイミングの練習ともいえる。
AEDのスイッチを入れた後の動作手順も実際に確認。「ランプが点滅しているソケットにコネクターを接続してください 」「心電図を解析中です」「ショックが必要です」「充電中です」「離れてください」など、次々にAEDから音声による指示が出る。複雑な指示はないので、これなら自分でもできそうだ。AEDは2分間ごとに心電図を解析し、指示を出してくれる。講師から「AEDは必ずしも電気ショックをするとは限らない。心電図を解析した結果、電気ショックは必要ないと判断される場合もある。その場合も、救急車が来るまで胸骨圧迫を続けることが必要」などの解説があった。最後に聞いた「救命できない場合もあるので、精神的な負担を感じたときには専門家に相談することも大切」という言葉が印象的だった。
受講した感想は、「胸骨圧迫もAED操作も意外に簡単」ということ。そして痛感したのが、「胸骨圧迫が難しくはないが、体力的にハード」であることだった。ペアで交代しながら2分間押し続ける実技では、2分どころか1分も続けられなかった。交代しないと数分間も途切れず圧迫することはムリだと実感。「もし誰かが1人で胸部圧迫をしている場面に遭遇したら、手伝わなくては」と決意した。
急に人が倒れた場合の心肺蘇生の重要性や方法は「意外に簡単」だということが今回の取材でわかった。しかし実は目撃された心停止傷病者に対し、心肺蘇生が行われたのはわずか37%にすぎないという(2010年の救急搬送者内での割合)。「いざというときに大切な人を守るためにも、ぜひ救命講習を受けてほしい」(東京消防庁救急部救急指導課 消防司令補 齋藤慶太氏)。
受講希望者は、地元市町村の消防署に問い合わせれば開催日を教えてくれる。東京都在住・在勤・在学者であれば、都内の消防署、もしくは公益財団法人東京防災救急協会でも案内をしている。「普通救命講習」(3時間)では、心肺蘇生、AEDの使用法、窒息の手当、止血法が学べる。また「上級救命講習」(8時間)では普通救命講習の内容に加え、小児・乳児の心肺蘇生、外傷の手当や運搬法が学べる。
とはいえ、その3時間を捻出するのが大変な人もいるだろう。そこで2012年から、胸骨圧迫を中心とした蘇生法とAEDの使い方に特化した「救命入門コース」(90分)が新設された。また同庁ウェブサイト内に開設されている「電子学習室」を利用したインターネット併用講習も、2012年から受講対象者を拡大している。約50分の講習を自宅のパソコンなどで受け、1カ月以内に実技を中心とした2時間の救命講習を受講すれば、「普通救命講習」の認定証が発行される。「どうしてもまとまった時間をとるのが難しい」という人は、何回かに分けて受講できるので消防署に相談して欲しいという。